子宮の詩が聴こえない2-②
(第1章①から) (2-①はこちら)
■| 第2章 弥生の大祭
②「ベレー帽の町長」
新聞社近くのカフェ。
未久と2人きりで会うのは初めてで、誠二は緊張していた。
電話口では何度となく話したが、実際に会ったのはマコが生まれてからは数度しかない。
小柄だが気が強く頭の回転が速い義姉には、全て見透かされる気がする。
未久はいつもの早口。
「まさみとは電話も通じないわ。母さんは『心配ない』とは言っていたけど、やっぱり様子がおかしいのは感じるみたい」
誠二の連絡にも反応はない。メッセージも既読になるだけだ。
それでも、実家にいるなら華襟島にはまだ行っていないということで、少しだけ安心した。
「島に行くとしたら、そろそろではないかと思っています」
「母さんには目を離さないように伝えたけどね。その、華襟島の“子宮宮殿”だっけ?」
「はい、ついに完成したようですね……」
ネット上では番長あき達が宣伝を繰り返しており、イベントの詳細も伝わってきている。
弥生祭——。
子宮の詩を詠む会の会員を1000人集めるというイベントはいよいよ開催日が迫っていた。
嫌悪感を示して未久が吐き捨てる。
「馬鹿馬鹿しい。人口4000人の島に1000人? どうやって全員を島に移動させるのよ。定員100人のフェリーが一日3便しかないのに」
イベントの主役と言われているラッキー祝い子のブログには、軽いトーンで書かれている。
特別大特価!
一般会員4万9千円、プレミアムシート最前列7万5千円!
フェリーは数が少ないので、事前に島に来て宮殿に宿泊してね☆
「これを見ると宿泊費と交通費は自腹のようですね……」
誠二のため息に、未久も呼応した。
「まさみはこんなものにハマっているのか……。情けない。酷いわ」
ここで誠二は、社命による取材と、島への渡航予定を未久に打ち明けた。
ミジンコブログの裏にある疑惑、若田ショウと豊島区連合のことなど、入手している情報を全て未久に丁寧に説明した。
未久の勤める首都新聞社は、国内最多の発行部数を誇る。
紙面上に掲載できなくても、ネット媒体もいくつか持っていて、取材の成果を発信できる場はいくらでもある。
自身が勤める現実研究出版とスクープ合戦になったとしても、いっそ社会問題にしてしまった方が救われる人も増えるだろう。
もちろん、周囲が見えなくなって暴走している妻も含めて。
誠二にはそんな思惑があった。
一瞬、怪訝な表情をした未久が、ニヤリと笑った。
「私に言ってしまうなんて誠二君は記者としては失格ね。なるほど、そうなれば、うちも黙っていないわ」
「お恥ずかしい限りです。でも、もうこれはうちだけの問題では……」
「新聞の記者とは性質も少し違うだろうし、私のネタ元にも雑誌記者は何人かいるから、有り難く利用させてもらうわ。妹のためでもある」
未久は早口で続ける。
「いずれにせよ休暇をとってでも祭りに潜入してやるつもりだった。カルト宗教じみた気味の悪いイベントなんか島も迷惑だろうし、私もO県出身者として恥ずかしいもの」
そして情報提供の対価として、自らも調査していたことを誠二に伝えた。
O県出身の未久には華襟町役場に勤める知人がいるという。
まさみが島に興味を示して以降は、頻繁に連絡を取り合っていた。
知人によると、新しい町長が島中から総スカンを食らっている。
昨年末、任期満了に伴う町長選が行われ、数年前に移住してきた早池知高(はやいけ・ともたか)という40歳の元IT企業社員の男が立候補。
高齢化が進む島の改革をぶち上げ、6期連続で対立候補がなかった現職の慢心を突く形で、初当選を果たしたのだ。
「企業を誘致して大量に移住者を」「華襟は日本の楽園になる」などと、しつこいまでに繰り返した演説の様子は、全国ニュースでも流れた。
トレードマークのベレー帽や、歯に衣着せぬ発言のやけに強気なキャラクターも話題を呼んでいた。
誠二もよく覚えている。
「一時期有名になったベレー帽の若い町長ですか…。胡散臭いとは思っていましたが、やはり不信感が募っているんですね」
未久がさらにこき下ろした。
「口だけの男で有名らしく、初めから能力的にド田舎の改革なんかできっこなかったのよ。元々のIT企業だって仕事ができないで追い出されたんだから」
未久の情報網はきめ細かい。既に早池が以前いた企業での評判なども調査済みだ。
「子宮の詩を詠む会と繋がって、簡単に利用されはしないだろうか……」
そんな誠二の懸念は、既に現実のものとなっていた。
同じ頃、若田ショウがラッキー祝い子を連れ、華襟町役場の町長室を訪れていた。
「こちらが弊社の誇る人気ブロガー、ラッキーです」
若田から紹介されたラッキーは深々と頭を下げ、ウインクをしながら、しなだれかかるように早池町長に挨拶する。
「初めましてえ! このたびは弥生祭の開催を許可していただき、ありがとうございまーす!」
早池も色白のやせた腕を伸ばして握手する。
「ラッキーさん、ありがとう。この島は何か盛り上がるきっかけが欲しいと思っていました」
「子宮宮殿に多くの人を集めて、移住者を増やせるように頑張ります!」
「ああ、宮殿ね。うんうん。素晴らしいですねえ」
早池はニヤけながら続けた。
「やはりよそ者で生意気だからか、私もこの島では少し厳しい立場になっていましてね」
それを聞いたラッキーがいつものような無責任なフレーズを吐く。
「大丈夫! 絶対いけるってインスピレーションが降りてきましたよ!」
「そうですか。ラッキーさんがそうおっしゃるなら安心だ」
若田が口を挟んで尋ねた。
「ここを抑えておけばクレームは起こらないというような、組合や寄り合いなどの勢力がありますでしょうか」
早池は少し考えた後に応える。
「地元の観光スポットを紹介しているネットメディアの運営者がいて、選挙の時もその人の周囲が一番の反対派でしたね」
「ネットメディアですか……。そこさえうまく抑えれば、イベントが妨害されることはありませんね」
祭りの開催にあたり、表向きは「島の活性化」がテーマ。
しかし、はっきり言ってしまえば、ラッキー劇団立ち上げの宣伝を兼ねて「信者」を呼び込み、今後のために子宮の詩を詠む会を盛り上げるためだけのスピリチュアルイベントだ。
島民からの反発が最も怖い。
祭りの開催許可を出した町長への逆風が最大のネックになる。
若田は少し焦っていた。
資金をつぎ込んで町長を取り込んだものの、予想外に早池に人望も調整能力もないことが分かってきたからだ。
「これはちょっと厳しい戦いになるかも……」
その小さな独り言を、ラッキーが能天気に打ち消す。
「ショウさん大丈夫! インスピレーションが来ているのよ! 私達は大いなる宇宙の意識と繋がっていて、なんでもできるんだから!」
それを聞いた早池は大きな目を見開いて頷き、ベレー帽を触りながら嬉しそうにしている。
ややイラっとしたのを隠すように若田は「ああ、そうですね」と無理に笑顔を作った。
「チッ、使えない奴らだ……」
今度は聞こえないように口の中で言った。
早池町長とのツーショット写真がラッキーのブログにアップされると、子宮の詩を詠む会の会員は狂喜乱舞。
「テレビに出てたベレー帽の町長だ!」
「もう最高のエネルギー…。島に行くしかない」
「ラッキーちゃんありがとう、ありがとう、ありがとう。涙が止まりません」
信者の中では、ラッキーのパワーとバイタリティーが島の政治を動かし、この流れを作ったことになっている。
もはやお決まりのパターンだ。
― ③に続く ―
(この物語はフィクションです。実在する人物、団体、出来事、宗教やその教義などとは一切関係がありません)