選んだのか、選ばれたのか〜本のひととき〜
「九つの、物語」橋本紡
以前、書店で無料配布する「夏の一冊」的な小冊子に載っていたので読んだことがあった。
読み返したくなり、再読。
主人公は大学生のゆきな。彼女が本を読む姿が好きだ。
自宅のリビングで、大学の空き教室で、待ち合わせ場所のガードレールに寄りかかって。
ゆきなはいつも本と一緒にいる。兄の影響も大きいのかもしれない。
ある日、本を読んでいると兄が現れる。
自分の本を勝手に読むなと窘め、腹は減らないかと料理を始める。
日常風景の1コマに見えるが、実は兄は存在しないはずだった…。
全9 話のタイトルは実在の文学作品が名付けられている。
本を読みながらゆきなはこんなことを思うのだ。
たまたま読んだ物語の中に、わたしがいた。小説とは、どこかの誰かが書いただけの話。まったくの作り物。それがなぜか、絶妙のタイミングで、わたしたちの心に飛び込んでくる。
(作中より引用)
心に響いたのはここ。
本に自分を重ねる。私もそうだ。
初めは無意識でも徐々にのめり込む。揺さぶられる。まるで自分自身が本の中に存在するように。それが「本の中にわたしがいる」感覚なのではないか。
本を選ぶ時、もちろん好きな作家や話題の本を手に取ることもあるけれど、突然のひらめきでぱっと手に取ることもある。
心にしっくりはまった時は感動すら覚える。
だからこの本と出逢ったのだと。
ゆきなが読んだ本は多くが兄のものだ。
恋人とのすれ違いや家族の問題など悩んだときも本を読む。本を通じて自分と向き合っていく。
ゆきなと本の関わりが素敵だ。
今は存在しない兄が現れた謎。
付き合い始めた彼との恋。
この物語は多方向から楽しむことができる。
兄の作る美味しそうな料理のレシピ本として。
ゆきなが読む9つの物語のブックガイドとしても。
巻末の参考文献リストが私を誘った。
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