弁論術講義 実践編 「募っているが募集はしていない」難易度☆
今回から、不定期ですが、実践編ということで、社会で実際に起こった論争や炎上、謝罪などについて、弁論術を応用しながら何ができるのかについて紹介していきたいと思っています。
実際に使えるということを実感してもらうことで、(それなりに読む努力を要する)本編の方にも関心を向けてもらえればと思っています!
2020年、1月28日の衆院予算委員会でのこと。このときの首相であった安倍総理は、彼が主催した桜を見る会についての疑惑で連日追及を受けていました。次は、その中の一幕です。
野党議員:幅広く招待しているということ自体は、幅広く募っている、募集をしていると。これは募集しているわけですよね、募集を。(…)募集しているということについてはいつから御存じだったんですか?
安倍首相(当時):私は、幅広く募っているという認識でございまして、募集しているという認識ではなかったのであります。
この総理の発言に対して、インターネット上で、これを揶揄するようなコメントが溢れ、メディアでも取り上げられたのを覚えている人も多いんじゃないかと思います。
実践編第一回は、この安倍前総理の発言を取り上げてみたいと思います。
では読者の皆さんに、問題です!あなたは安倍総理の側近です。側近として、こうした揶揄に対し、どのように返答することを安倍総理に進言しますか?
ここで読み進めるのを一回やめて、実際に、少し考えてみてほしいです。当時のことを全く知らない人にとっては難しい問題かもしれませんが、そうでない人にとっては、難易度としては☆1つ程度でしょうか(☆5つが最高難易度)。
もちろん、正解は一つではないと思いますので、参考程度に、私の回答を載せてみます。
「あの発言は私の認識について述べたものです。言葉にはニュアンスというものが存在し、募るという言葉と募集という言葉にはニュアンスの別があると思っております。私は、各界において功績、功労のあった人々の自由意思による参加を募っていたのであって、特定の人物に対して政府、党として公式に募集をかけたことはございません。こうした意味で、先の発言をいたしましたし、このことは、言語学が専門の椙山女学園大学、加藤主税名誉教授も指摘しているところです。ただ、無用な批判を受けてしまった点について、今後はもっと分かりやすい言葉遣いをしていくべきであろうと反省した次第であります。」
たとえば、こう当時の安倍総理が記者の前で語ったとして、それ以上に何かこの発言について言うことができるでしょうか?重箱を突くような難癖はまだまだ付けられますが、第三者にとっては、難癖をつけている方が醜く見えるものですので、政治家としてはこの回答で及第点ではないかと思います。
この回答にはいくつかポイントがあります。
一つは、ニュアンスという言葉を取り上げた意味です。これは、何を根拠として、敵対者が募る=募集発言を揶揄していたのかを見ることで理解できます。
当時、この発言がイデオロギーに関係なく面白がられたのは、募るという意味と、募集するという意味が、”辞書的に”同じ意味だったからです。だから、「私は法を犯したが、違法なことはしていない」みたいな、支離滅裂なことを、総理たる人間が言ったということで、馬鹿にされたわけです。
相手の論拠を崩すことが、弁論術にとっては、いつでもまず大事なポイントです(だから相手の論拠を知るために相手について学ばないといけないわけです)。今回のケースでは、「辞書的に」同じ意味であることが論拠となっていました。だから、ニュアンスという言葉を使いました。
ニュアンスは、辞書に書かれていない意味を指します。私たちは一般的に、日常的な使用で獲得されたニュアンスを駆使して言語活動をしています。だから、外国語習得が難しかったりするんですよね。
ニュアンスを出すことで、相手の論拠を崩し、言ってしまえば、「先の発言が辞書的に同じ意味なのはもちろん知っていますよ。そんな当たり前のことを知らないと思ったんですか?むしろ、あなた方はニュアンスというものを知らないのですか?ニュアンスを使ったことがないのですか?知らないなら笑っているあなた方のほうが馬鹿ですし、使っているなら厚顔無恥甚だしいですね」という形で、嘲笑が自らに向くように仕向けてあげるわけです。
さらに、今回のケースでは、総理を”馬鹿にする”という、人を上下に配置しようとする構造になっていたので、「名誉教授も指摘していること」などの知的な権威性も付与してあげることで、より効果を上げることができます。
また、募る≠募集を示した後で、それによって何を伝えようとしていたのかを言い直しました。すでに相手の論拠を崩しているというそのことによって、この部分の説得性、真実性も上昇しています。
説得力というのは、言われている中身によることもあれば、言われている順番や、状態によっても大きく左右されるため、絶妙なタイミングで言いたいことを言えれば、いつもなら反論されることも反論されない=既成事実化させることができます。
そして、最後は「反省」で締めました。これはケースバイケースですが、一般に、自分から反省ができる人は”大人”とされて、ポジティブな評価を受けやすいです。今回は、ニュアンスの使用は誰だってやっているわけですから、反省すべきは言葉の機微を無視して揶揄し、嘲笑した人なのですが、ここであえて「もっと分かりやすい言葉遣いを」と反省することで、大人の余裕を見せることができます。自分の側に「大人」を引き寄せれば、必然的に相手側に「子供」が向かうので、敵対者の子供っぽさ、幼稚さを強調することにもつながります。
「無用な批判」や「もっと分かりやすい」という言葉は、皮肉センテンスです。自分は攻撃タイプなのでちょっと入れてみました。皮肉は言葉の攻撃力を上げますが、同時に防御力が下がるので、堅実に行きたい方は入れない方が無難です。
みなさんは、どのような回答を考えられましたでしょうか?私は、こうした活動を通して、自分にはない視点を取り入れたいとも思っていたので、皆さんの回答も、どこかで教えていたでけると嬉しいですね。
このような感じで、不定期ですが、実践編を織り交ぜていきたいなと思っております。この発言を取り上げてほしいなどありましたら、お気軽にリクエストしてください(^▽^)/
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