弁論術講義1-2 概論と一番大事な部門

 私たちが話す言葉の価値はどうやって決まるのでしょうか?言葉や、トーク、提案とか、発表、そういう単語には「面白い」や「つまらない」、「納得できる」だとか「杜撰な」だとか、沢山の形容詞を付けることができるのですが、この形容詞を決めているのは誰で、どんな基準に依っているのでしょうか?

 言葉の価値を決定する要素は次の3つになります。つまり、①話し手、②聞き手、③場です。

 当たり前のことですが、言葉というのは話す人がいて、聞く人がいて、その両者が立つ場があって初めて存在するものです。①~③のそれぞれの状態によって、同じ言葉でも意味や価値が変わります。弁論術は、この①~③全てに対して深い理解を有し、その場に最もふさわしい言葉をもって、聞き手を意のままに操ることを可能にします。このことは、現代の心理学や社会学の知見に匹敵する洞察が、古代の賢人たちにもあったことの証左でもあります。

 今回はまず、弁論術が説明される際に大抵一番初めに触れられる大枠を見ていきたいと思います。

 弁論術は5つの部門を持つということを聞いたことがある人はそれなりに多いかもしれません。「発想」「配置」「修辞」「記憶」「発声」という5部門です。弁論術はこの5部門について多くの説明を残しており、これらをすべて習得すれば、話し手として、卓越したレベルに達することができると言えます。

 この5部門は、人が演説やプレゼンをする際に辿る一般的なプロセスから分析的に抽出された分類です。
 まずは何を言うか=発想、次にどういう構成で言うか=配置、そしてどのような表現で言うか=修辞、それらを実際に言うために準備し=記憶、ふさわしい態度と声色で言う=発声ということです。

  さて、この5つの部門のうちで、最も重要な部門があるのですが、どこだと思いますか?

 それは…「発想」です!

 これも実際に考えてみると当たり前のことなのですが、いかに雄々しく語り、きらびやかに着飾って、適切に配置したとしても、そもそもの話す内容=話題が不適切であれば、優れた弁論になるはずはありません。

 優れた弁論家は、その気になれば「人殺し」さえ、高らかに称揚してみせることができるという意味で、どのような話題も扱うことができます(もっと講義が進んだところで、弁論術と倫理の話はします)。しかしそれは場所と聞き手を選びます。

 つまり、弁論術にとって、TPOに合った「ふさわしい話題」を設定できるかどうかが、最も肝要なのです。このふさわしさの発見には、一般に人間の能力とされる”理性”と”感性”以外の、第三の目、直観のようなものを必要とし、それを磨く必要があるわけですが、これについては、今後またお話しできればと思います。

 発想を頂点として、ピラミッド型に、配置、修辞、記憶、発声が並びます。弁論術における重要度も、この順です。なので、リベラルアーツで必修科目であったいわゆるレトリック、修辞学というのは、弁論術の中では3番目の重要度しかないんですね。それもそのはずで、確かに表現一つで印象はガラッと変わりますが、それ以前に何を話すかのほうが大事で、それぞれの意味のブロックを適切に配置しているか、ということのほうが大事だからです。単語や一文は優れていても、文章として拙ければ意味がないのです。

 これまで、言葉に関する技術的な多くの本では、このレトリックの部分に焦点が当てられました。学問的にも、レトリック=修辞学だけが発展していきました。それには理由があって、レトリックだけが、明確に言葉で教授できるからです。小説や演説のテキストをもって、それをデータとして説明ができるからなんです。

 弁論術にとって最も重要な発想の部分は、言ってしまえば非常に哲学的で多様な知見を必要とするため、商業本としては難しすぎるし、学問としては分派して、論理学や、解釈学、倫理学や心理学などに細分化されていきました。

 大事なのにあまり触れられてこなかったからこそ、本講義では、主として発想に力を入れて話していきたいと思います。次回からは、実際に発想のポイントをそれぞれ取り上げていく予定です。発想がうまくできるようになると、話すことだけでなく、考えること、理解することも容易になります。おそらく頭の使い方がガラッと変わると思います。扱う対象自体が難しいものなので、できる限りわかりやすくお伝えしたいと思いますが、分からないことや疑問があったらお気軽にコメントやTwitterで質問してくださいね!

 さて、今回は弁論術の大枠について紹介しました。弁論術には5部門あって、重要度の高い順から、発想、配置、修辞、記憶、発声があるのだということを理解してもらえればと思います。この5部門を完璧に修めた時、その人は卓越した弁論家として、思い通りの世界を手に入れることも不可能ではないはずです。一緒に頑張っていきましょう!!

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