「私何のために生きてるの?」
と泣きながら彼氏に聞いてしまった。(彼氏は何もしていない)。普段ならそんな言葉は飲み込める。次の通院まで精神もって欲しい。何か鬱を消すいい方法があればいいが…
「私、なんのために生きてるの?」は「死にたい」と同じで「今生きるのが本当に辛い」という意味で、これは今の私ではなく、過去の私の言葉だ。過去の私の傷が深すぎてこの恵まれた環境においても鬱になると簡単に引き戻されてしまう。心は簡単には治らない。
私の自立を待って結婚するという彼の言葉を信じられない。本気なのも応援されてるのもわかるけど自立できるかなんてわからないのだ。人の気持ちは変わる。彼の気持ちが変わる前に自立できる自信がない。経済的におんぶに抱っこでは不健康なことは頭ではそらわかりきってるけど体がついてこない。
今目の前のできることをしていて離れていくならそれは運命の人ではなかった、と割り切れるほど強くもない。もうそろそろ安心したい。中二で受験を意識してから、安心したことが一度もない。それは受験勉強で病気になって24時間365日強い焦燥感と強い不安感孤独感鬱倦怠感で何も手につかなかったから。
それが3年かけて少しずつぺりぺりと剥がれて私は元気になってきた。過去の話をしても(少し盛って話してるんだろうな)みたいな反応をされるほどに昔病気のどん底だったことを信じてもらえないほどに。未来に羽ばたこうとするたび古傷が痛んで難しい事も全然専門家にさえ伝わらないほどに。
私の苦しみは私にしかわからない。今目の前にある環境がとても恵まれていてもひとたび鬱のベールに包まれれば私の心は暗い。暗いのは昔の私の心。でも今の私も苦しい。同じことを何度も言い、物忘れが激しいことも悔しい。1人でずっと、ずっと部屋に閉じこもっていたからだ。そうせざるを得なかった。
鬱のベールじゃなくてウェディングベールならよかった。こういうことを公言しても周りが困らない年齢までに式を挙げたいものだが、私の病気というものは頑張れば頑張るほど逆効果なのだ。そして私は思い切り頑張るか何もしないかしかできない質(たち)だ。それでも少しずつの努力を仕方なくする。
心から治りたくないのか?と聞かれてしまいそうだが、自分の性に合わない努力をすることが大の苦手なのも自閉症スペクトラム障害の特徴のひとつだ。だから心から頑張ろうと思う瞬間もある(支援者や家族に励まされた時など)がすぐに「なんで私がこんなことしなきゃいけない」という心が薄くのしかかる。
本気で頑張って目の前のこともするが、病気にならなかったバージョンの人生を夢想することもよくある。今の私みたいな苦しみも知らず、「発達障害?あー私の父もそうかもね。まぁみんなそこまでひどくなくてよかったね」とか子供とご飯食べながら夫に話しかける。難しいソフトも扱えて仕事もできる。
家事もできる挨拶も心からする。そんな自分を想像して現実に引き戻された時、こちらが想像なのではないか?という違和感に襲われる。だってなんだかおかしい。幸せな幼少期とかけ離れすぎている。これは悪い夢だ。大昔本当に幸せな夢を見て起きてしばらく状況が掴めず時間差で泣いたことがある。
そんな綱渡りをしてる時に優しい彼に出会えたことは嬉しい。それはそれは本当に嬉しい。でも鬱は全てをベールに包む。「ひとつ幸せが見えると3つ新しい不安が生まれる」それで冒頭の「私なんのために生きてるの?」である。砂山を一生元に戻すような作業に段々と疲れてきたのだ。気楽なはずの生活で。
彼は言った。「俺のために生きればいいじゃない」。2回も。私は安心して泣きながら寝た。私は彼にとって少しでも軽い人になりたいけれど、どんどん重くなっている。抗うつのための薬(抗うつ剤ではない)を増やすと副作用が出るため減らしたのである。とにかく次の通院までに苦しみに任せて彼にひどいこと言わないように心がけたい。