【いいひと戦略】やっぱいいよね
以前noteでネタにした「いいひと戦略」が、中田敦彦のYouTube大学で動画になっていた。
【いいひと戦略①〜現代サバイバル術】
【いいひと戦略②〜現代サバイバル術】
やはりこの考え方はおもしろい。
「いいひと」であることが”いいこと”なのはわかる。
だけど「いいひと」は損をしやすい。
だから「いいひと”戦略”」で戦略的にいいひとを演じること。
嘘でもいいから人との確執を生まないようにして、自己を確立する余裕を持たせる。
「時代は”貨幣経済”から”評価経済”に移っていくよ」
「どれだけのお金を持っているか」より「どれだけの評価を受けているか」が人を判断する指標となる。
言ってることはなんとなくわかる。
が、まだまだ「貨幣」の重要度は高いので、今は「評価経済社会の黎明期」なのだろう。
そう思えるのは、前時代の経済社会から貨幣経済への転換があったから。
僕が思う「前時代の経済社会」は「身分」によるもの。
武士の子は武士、百姓の子は百姓、という感じで親の身分が子どもに受け継がれる社会だった。
だから武士の子に生まれれば年貢によって食べていける。
逆に農民の子に生まれれば、作物を育て、殿様に年貢を納めなければならない。
どんなに無能でも武士の子であれば年貢で食い、どんな有能も百姓の子であれば年貢を納めなければならなかった。
「身分経済社会」とでも言おうかな。
この「身分」が明治維新によって取っ払われた。
と言っても、最初から上手くは行かなかった。
身分制が無くなっても”元”武士であるから、「おいそこの百姓、これ買っていけや」なんて尊大な売り方をしていたらしい。
これは「武士の商法」と言ってからかわれた。
「身分経済社会」が完全に抜けきったのって戦後くらいじゃないかな。
そう思うほど、従来の経済基準から抜け出すのは時間がかかる。
だから、貨幣経済から評価経済への移行も時間がかかるんじゃないかな。
いや、「移行」はすぐ行われるけど、「抜け出す」のは時間がかかるが正しいな。
今だって「評価経済」を誤認して「視聴数を稼げばいい」なんて考えが多くある。
私人逮捕はその一例。
これも「武士の商法」みたいなもの。
話の筋道が無く、わかりづらいのでまとめよう。
「評価経済社会」が来ている
「評価経済社会」において「いいひと戦略」は使える
経済社会の変化は昔にもあった
それが「身分経済社会」→「貨幣経済社会」
経済社会が変化する時、時代錯誤なことが起きる
そんなことを書いて来た。
そして、「評価経済社会」に乗ろうが乗らまいがは個人の自由である。
ただ「”いいひと戦略”は使えるよ」と言いたかっただけ。
だけどこれも「いいひと戦略」とは対になる「イヤなひと戦略」の「改善点の指摘」に当たるので、この辺でやめておこう。
以上!くろだでした。
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