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【心得帖SS】「前葉体」って見たことありますか?(前編)

『今度、僕と一緒に【前葉体】を見に行きませんか?』
いま持ち合わせている勇気をかき集めて、掛けた言葉がそれだった。

突然の提案に、一瞬戸惑った表情を浮かべた彼女は、暫く考えたあと、制服の袖を掴みながらコクンと頷く。
『はい、私で良ければ、喜んで…』

(また、ヘンな夢か…)
目を覚ました京田辺一登は、枕元に置いてある目覚まし時計に目を向ける。
時計の針は、午前3時30分を指していた。
(これは、再度眠りに入るのは難しそうだな)
むくりと起き上がった彼は、キッチンに足を向けて電気ポットのスイッチをパチリと入れた。
次第に水が沸騰していくときの音を聞きながら、スマートフォンのニュースアプリを立ち上げた。検索機能も活用しながら、情報のアップデートに必要なタスクを埋めて行く。
と、ある記事に目が止まった。

『いま、蔦やシダが生い茂る古寺の訪問が密かにブーム⁈』


「ここ最近、眠りが浅くてさ」
オフィスの休憩コーナーで京田辺は缶コーヒーに口を付けつつ、総務部の忍ヶ丘麗子に話し掛けていた。
「はァ…とうとう一登クンも老化の波が訪れたのカ」
「いや話聞いてた?ヘンな夢見るって言ったよねオレ!」

京田辺が不眠に悩まされているのは今朝だけではない。寝付きは良い方なのだが、毎晩必ずヘンな夢・悪夢を見ている。
それは大きなマンション群だったり、知らない町の巨大ショッピングモールだったり様々なのだが、とにかく1人でずっと彷徨っているのだ。
そしていつも何かの時間に追われていて、不安定な解放式エレベーターに飛び乗ろうとしたら足を踏み外し…目が覚める、と言った感じなのだ。

「単純に、ストレスを溜め過ぎなんじゃないノ?」
手にした野菜ジュースの空パックごと指差した麗子は、冷静にそう応える。
「もしくは欲求不満?エッチなオジさんは女子社員から嫌われるわヨ」
「誤解を招くような発言はやめて貰おうか」
京田辺は頭を抱える。
その目元に少しクマが出来ているのを認めた麗子は、最近オフィスビルの女子社員が『何だかイイ感じに枯れかけているイケリーマン見つけた!』と騒いでいたのを思い出した。
「一登クン、休みの日はどうしてるノ?」
「休み?最近は仕事が入ること多かったからなぁ。何もないときは映画見たり本読んだりしているかな」
「もっと自然に触れ合ったほうがいいヨ。陽の光を浴びて光合成しなきャ」
「はあ…外出ね」
麗子の言葉に、京田辺はふと今朝眺めたニュースサイトの記事を思い出した。
(旧いお寺にはいい感じの苔やシダが生えていて…もしかしたらアレに出会えるかもしれないな)
そう思った彼は自然と、今朝見た夢の台詞を口にしていた。
「今度一緒に、前葉体を見に行きませんか?」

「…はい」


どこか聞き慣れた声で、返事が戻ってくる。
驚いた彼が顔を向けると、少し頬を染めた四条畷紗季が、バインダーで口元を隠しながら言った。
「私で良ければ、ご一緒させてください」

(どうしてこうなった…)
地方交通のとあるバス停に降り立った京田辺は、解けかけたスニーカーの靴紐を結び直しながら気持ちを整理していた。
「京田辺課長、こっちみたいですよ」
全身山ガール仕様にバッチリコーディネートされた紗季が、ニコニコしながらスマホの地図アプリを示してくる。
「ああ…悪いね四条畷さん、お休みなのに」
「もう、まだそんなこと言うのですか?」
紗季はぷくっと頬を膨らませた。
「私も行きたかったから、お誘いいただいて嬉しかったのですよ」
「そ、そうなのか」
半分納得しながらも、京田辺はまだ自問自答している。
(いやしかし、年頃のお嬢さんを上司が休日に連れ出すのって、コンプラ的にアウトではないのか?うーん)
「ほら、出発しますよ」
(まあいいか、目的は前葉体だし)
上機嫌で先を歩く紗季に続いて、京田辺は古寺への道を歩き始める。ふと彼女の襟元を見て声を掛ける。

「四条畷さん、ここお店のタグが付いたままになってる」
「えっ⁈ふええ(恥)」

後編に続く

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