【備忘録SS】それは「無敵の」マリアージュ
「はい、お疲れ様でしたー」
ディレクターの声が耳に入った紗季は、ようやく肩の力を抜いた。
リハーサルを入れて1時間ほどだったが、テレビスタジオ独特の雰囲気もあって、ずっと緊張感が抜けなかったのだ。
「あら、もう終わりですか?」
本番に強いタイプの市川春香は、前髪をクルクルさせながら紙パック飲料をストローで飲んでいる。
「お……終わった」
黙っていると可愛イケメンである本八幡ハジメは、ディレクターからの指示でずっと浮かべていた「うっすら笑顔」をようやく解除した。
そう、今回の収録はこの2人が前面に立って、紗季は「後方腕組み勢」的なポジションを確保していたのだ。
「なるほどぉ、上手くやりましたねぇ」
代理店の担当者、尼崎皐月が相変わらずのゆるふわ口調で近付いてきた。
「……何のことかしら?」
「うふふ、まあいいですわ。カッコいい紗季ちゃんもバッチリ撮れましたので」
手元に構えた一眼レフカメラを示して、皐月は話を続ける。
「……優秀な女性は、もっと世に知られるべきだと思うんです」
「……うわ」
スマートフォンで件のサイトを確認した紗季は、呻き声を上げた。
「聞いていたより、大きいなぁ」
「これ、完全に課長にフォーカス当たってますね」
隣の席で同じサイトを見ていたハジメも、軽く眉根を寄せている。
彼女達が見ているのは、ある女性のイ●スタグラムの1ページ。
『等身大で頑張る素敵なマネージャー』というタイトルの下に、収録を見つめる紗季の横顔が写っている。
それだけであれば、良くある記事なのだが、問題はその投稿者が、フォロワー100万人超えのインフルエンサー【asatsuki】だということだった。
「あ(a)まがさき、さつき(satsuki)で、【asatsuki】か……ううっ、サイン貰っておけば良かった」
逆側の机では、意外とミーハーな春香が、ずっと気付かないで彼女、尼崎皐月と商談していたことを悔やんでいた。
「彼女、僕でも知っているほど、社会人への影響度が高いヒトですから……ちょっと心配ですねぇ」
この記事をキッカケに、紗季へのアプローチが増大するのではないかと心配するハジメに、紗季は笑ってスマートフォンの画面を向けた。
「大丈夫よ、ホラ」
ススっと画面を拡大していく。
「あ……」
それを見て、ハジメは彼女が落ち着いている意味を理解した。
「うわぁ……紗季さん、ダイタン」
こちらも【asatsuki】のイ●スタを見ていた大住有希が、隣にいた住道タツヤに画面を見せた。
「これって、公開告白だよなぁ」
タツヤも苦笑しながら、そこに記された文字を追っている。
……彼女はこう言ったのです。
『色々な仕事に向き合うことで、自分の中に経験値として積み重なっていく。社会人としても、1人の女性としてもステージアップしたあと、最愛の人にプロポーズします』……
紗季の左手薬指には、男性避けだろうか、小ぶりでオシャレなダイヤのリングが光っていた。
「これってもしかして、支店長が紗季さんに贈ったのですか?」
スマートフォンから目を離したタツヤは、少し離れた席に座っている男性に声を掛ける。
「いや、贈っていないよ」
色々な感情が入り混じったような顔をした男性が、眼鏡の縁を直しながら答える。
「ただ、先々週くらいに指輪の写真が数枚送られてきて、『どれが一番良いと思いますか?』とは聞かれたが……」
「うーん、紗季さんって、そんなに巧妙な計算ができるヒトでしたっけ?」
はてと首を傾げる有希。
遠くの座席から「腐腐腐腐腐っ」という低い笑い声が聞こえた気がしたが、彼女はあえて無視をして話を続ける。
「愛弟子が色んな意味で成長していくのは、どんなお気持ちですか?」
「愛弟子、ねえ……」
この春、●●支店の支店長に昇進した元営業二課長の京田辺一登は、机の上に置かれた半目猫のフィギュアを一瞥しながら言った。
「彼女が元々、高い能力を備えていたから今のポジションに居るのであって、私は何かを教えたつもりはないよ」
その言葉の中に、満足そうな感情が混じっていることを見届けた有希。
(これは、ひょっとしてひょっとするのかも)
と思いながら、改めて件の記事を見返していたのだった。
ファーストシーズン
「営業課長の心得帖」全3巻好評発売中!
①営業課長の心得帖
https://amzn.asia/d/gVk9TRz
②営業課長の心得帖2
https://amzn.asia/d/gADXbzS
③営業課長の心得帖3
https://amzn.asia/d/hoA52Xx
【新刊発売】黒珈の4冊目となるKindle書籍
新感覚学園小説「twenty all」
3月1日(金)発売となりました!
それは、ヒトツノオモイヲツナグ、モノガタリ……
https://amzn.asia/d/0tFq4Ja
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?