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小手指の晩秋
2008/11/11
(この記事は2008年のものです)
寒い寒い。23区内ではおそらく結構寒いはずの練馬よりも、埼玉県所沢市の小手指はさらに寒い。
ブーツの靴音を鳴らして母の病室へ向うと、娘の足音と確信していたのか私が顔を出した瞬間、母はすでに片手を挙げて、出迎えてくれた。
今日は母がずっとずっと恋焦がれていた「たこ焼き!」を練馬の西友で買い、貼るカイロをふたつ、たこ焼きを挟むようにして保温袋の内側に貼り、持参した。
「今日は何の日だか、知ってる?」と訊くと、「お誕生日!」と答える。日にちの感覚も曖昧だろうに、娘の誕生日はちゃんとわかってるのね。
母はたこ焼きのタコを、案の定噛み切ることができなくて、誤嚥されたら困るので「出しちゃいなよ」と私に言われるまま、吐き出した。
タコ抜きのたこ焼きをひとつだけ食べて、入浴が終わって病室に戻ってきてから、私が家から剥いていき、保冷剤で冷やしていった柿を「美味しい!」と、4分の3食べた。
母が望んだとおり、水色のカーディガンを持参すると、「そうそう、それそれ!」と言い、代わりに今あるモヘアのピンクのカーディガンを持ち帰ろうとすると、「それ、みんなに素敵って言われるから、それも置いておいて」と言う。
「お正月に着る、もっと素敵なカーディガンを持ってきてほしいの。クローゼットの中にあるのよ、白いのが。黒いカーディガンもあるの、素敵なのが」と言う。
はいはい。じゃ、クリスマス用に黒いのを、そのうち持ってきましょうかね。
パジャマは病院指定のお揃いのもので我慢しているので、上に羽織るカーディガンだけが今、母のお洒落アイテムになっている。
病棟の廊下のガラス越しに見る、紅葉。
あっという間に秋もすっかり深まって、いつの間にか、立冬も過ぎた。
母は新たに、「マフラーを持ってきて。カシミヤのよ。どれにしよう?」と言うので、「オレンジのをこの間見たわよ」と言うと、「それがいい! 薄いオレンジのほうのよ、濃いオレンジじゃなくて」と言う。
まったく着道楽の人である。