手を握る
2011/12/3
午後からは雨もあがって、病院に着いた頃には驚くほどの青空が広がった。
今日は久しぶりに息子を連れて、母の元を訪れる。
今日の母は、「足が痛い」としか言わない。哀しそうに眉間に皴を寄せ、「足が痛い」と。
だいぶ前に見たおばあちゃんとはかなり違っていること、驚くほどに痩せてしまったことを、息子には予め言い聞かせておいた。それでもしばらくぶりに見た祖母の姿に、息子はひどく衝撃を受けたようだった。
これ以上は痩せようがないだろうと思っていたひと月前よりも、母は明らかに、残酷なほどに痩せている。骨のうえに、皮が纏わりついているだけだ。
母があまりにも痛みを訴えるので、ナースコールをする。看護師と介護士が体位を変え、その後別の看護師がやってきて、母の両足に、丁寧にオイルマッサージを施してくれる。母は気持ち良さに目を閉じて、ウトウトとする。私は有難くて、ほんとうに頭が下がる。
それからオムツを替えて、食べられなかった昼食の代わりに少しおやつを食べてみましょうと看護師がいうので、居たたまれない様子の息子を連れて部屋を出た。
病院の敷地内の遊歩道を、息子と二人で散歩する。雨上がりの道に、大きなミミズが何匹も死んでいる。危うく踏みそうになって、私たちは慌てる。
「下を見て歩くんだ」と、息子が言う。でも、私は青い空と樹々を見上げたい。
「腿が痛い」と、母が言う。
私と息子が腿をマッサージしていると、看護師が点滴をしにやってくる。血管からどうにか入るうちは、いくらか栄養の高い点滴を入れる。
「足首が痛い」と、母が言う。
私と息子で、足首をマッサージする。
別れ際、息子の顔を見つめて震えている母の手を布団から出し、握らせる。母は昔から、息子と握手をするのが好きだ。
細い、細い、細くて長い母の手を、肉厚な息子の掌が包む。
長いこと手を握ったまま見つめ続ける母に、どうしたらいいのか分からない息子は照れ笑いを浮かべるばかりだ。
「これが最後かもしれないからな」と、帰りのエレベータの中で息子が言う。