日常気まま旅回想記 四国編 香川
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2. 香川県での恐怖と出会い
その日は高松まで走り、瀬戸大橋の下にある記念公園の駐車場で車中泊することになった。
車中泊旅で最も苦労するのは寝る場所を選ぶことだということがわかった。どこでも良いように見えて、実際には意外と難しい。車だとその辺に停めて適当に寝ればいいと思っていたが、実際にはそういうわけにもいかない。あちこち迷って探していると、思った以上に西へ走り、日は暮れてきた。車中泊初心者なので少し心細い気持ちになってしまった。やっといいと思う場所にたどり着いたが、公園内の駐車場は夜になると施錠されたようで、仕方なく道路沿いの広いパーキングに車を停めた。奥まった端には軽ワゴンが一台停まっており、私は反対側の端から二番目の位置に駐車した。広い駐車場に2台の車だけであった。この道路は橋の西側にあり、夜はほとんど車が通らない静かな場所だった。
疲れから深く眠っていたが、突然車が激しく揺れ、懐中電灯のようなもので車内を照らされた。窓にはシェードを貼っていたが、フロントガラス横の隙間から鬼のような形相の男が覗き込み、何か叫んでいた。驚いて重い瞼を開け、上半身を起こすと、男はそのまま歩き去った。次に男は軽ワゴンの方へ向かい、近づくと軽ワゴンの屋根につけられたパトロール灯が赤く点滅した。男はその光に驚いたのか、その場を去っていった。
翌朝、軽ワゴンの男性が車の後ろに小さなテーブルを出し、コーヒーを飲んでいた。挨拶をしに行くと、椅子を譲ってくれてコーヒーをご馳走してくれた。昨晩の男の話をしたが、彼は気づかなかったと言う。あれほど明るく点滅していたパトロール灯も、本人が気づいていないのだから、防犯にはあまり役立っていないのかもしれない。
この人は私と同い年で、つい最近まで熊本市内で居酒屋を営んでいたという。熊本震災で家も店も半ば倒壊したと話した。保険に入っていたので立て直すことはできたが、区切りでいい年齢になったので、若い世代に店を譲り、今は車で全国を旅していると話した。結婚していたが、ずいぶん前に別れ、今は一人で気楽に生きていると笑った。
私は思い切って「一日いくらくらいでやっているのですか?」と聞いてみた。
彼は「2000円かかっていないよ。昨日なんか缶コーヒー買ったぐらいだったかな。月にするとだいたい7万円くらい。毎日しっかり記録をつけているからね」と話してくれた。中年までサラリーマンをしていたので年金も少しあり、それが旅の生活費になっているそうだ。釣りをして魚を料理して食べることも多く、スーパーで捨てられるキャベツや白菜の外葉をもらって食材にしているという。元料理人というだけあって、その生活ぶりは見事だ。
「ここにはもう3日いるよ。ここはよく釣れる」と話しながら、改造した車内を見せてくれた。荷台には手作りのベッドが設置され、窓際には収納棚や箱が整然と並べられている。天井には棚が取り付けられ、釣り竿や道具が収納されていた。さらに、窓には遮光カーテンが引けるようカーテンレールも取り付けられていた。「全部手作りだよ。100均や安い掘り出し物を使って仕上げた。これが今の私の家さ。何もないけど気楽なもんだ」と彼は誇らしげに話した。
この人はこれから北上し、7月には北海道に入る予定だと言った。私も北海道に行くつもりだったので、現地で会おうと約束した。彼から名刺を受け取り、また会える日を楽しみにした。
彼は車中泊旅を心から楽しんでいるように見えた。私も釣りは好きだが、旅先で釣りをし、それを調理して食べるほどの余裕はない。それができる彼の旅の達人ぶりに感心した。この出会いを通じて、車中泊旅のコツを少し学べた気がした。
彼とは別れ、善通寺にお参りし、それから金毘羅山さんに登った。昼ごはんは道路沿いの農園の、ビニールハウスのなかで営業を営むうどん店で肉うどんを食べた。香川のうどんのうまさは格別だった。和歌山のラーメンや山形の蕎麦に匹敵するうまさだとあらためて思った。うどんを食べるためだけにここに来ても悔いはないと思ってしまった。