
なぜ、コーヒーの価格は高騰しているのか?生産/消費のボーダーが溶けるとき
200年以上、コーヒー業界は「買い手市場」でした。消費国のロースターや輸入業者が価格を決め、生産者はそれに従うしかありませんでした。しかし今、その構造が大きく変わろうとしています。
コーヒーの価格高騰が続く背景には、買い手市場から売り手市場へのシフトチェンジがある——この変化に注目するKurasu代表のYozo(大槻洋三)に、コーヒーの消費国と生産国で今起きていることを語ってもらいました。
コーヒーは買い手市場から売り手市場へ
「コーヒー豆の価格が上がっている」というニュースを見聞きする機会が増えました。実際に近年、コーヒーの生豆相場は歴史的な高騰が続いており、特に2024年に入ってからは急激な右肩上がりとなっています。
その背景にはさまざまな理由がありますが、僕が注目したいのは買い手市場から売り手市場にシフトしてきているという点です。200年の間、コーヒーは買い手市場でした。つまり、生産国ではなく、消費国(ロースターや輸入業者)が価格を決め、生産者はそれに従うしかなかったのです。「ブラジルのコーヒーは1ポンドあたり2.50USドルまで」「この品質ならXXが妥当」というように、価格の主導権は完全に消費国側にありました。
生産地の環境やトレーサビリティを重視するスペシャルティコーヒーの概念は、サプライチェーン内の良い循環づくりに寄与してきたと思いますが、それでもまだ、買い手が価格の基準を設けていると言わざるを得ません。

もとをたどれば、コーヒーは植民地の歴史の上に成り立っています。ヨーロッパ人たちが、アフリカや南アメリカに入植し、貿易を通してコーヒーが世界中に拡がっていきましたが、農園で労働するのは現地の人たちで、そこには明らかに「主従」の構図がありました。
国によっても違うので一括りにはできませんが、特にアフリカはテクノロジーや教育の面で開発途上ということもあって、そうした構図がいまなお残っています。たとえば、エチオピアでは近年の内戦や政治的不安定の影響で、現地通貨(ブル)に対する信用がかなり低下しています。この状況でブルをUSドルに換えるのは困難ですが、コーヒーならUSドルで買ってもらえるので、生産者たちは外貨獲得の手段としてコーヒーを売るわけです。
消費国はその構造をいいことに、200年にわたって生産国を搾取してきました。だからこそコーヒーは相対的に安値が続いてきたのですが、昨今、状況に変化が生じてきました。ブラジルやベトナムといった国々で供給管理や価格戦略の変化が進んでおり、買い手市場から売り手市場にシフトしつつあるのです。
C-Priceから離れた、本来あるべき価格へ
コーヒーの価格を語るうえで欠かせないのが「C-Price」の存在です。C-Priceとはコーヒー豆の先物取引(未来の取引価格をあらかじめ固定することで、価格変動の影響を和らげるリスクヘッジ手法)を行うための基準価格として設定された数値のこと。アラビカ種の豆の基準価格は、ニューヨーク先物市場で決まっています。

今、そのC-Priceが急激に高騰しています。2024年11月に1ポンドあたり3ドルを超え、2025年2月には1ポンドあたり4.3ドルと過去最高値を更新しました。この件については、過去のnote記事でも取り上げましたね。
しかし、C-Priceは市場の需給バランスや投機の影響を強く受けます。またNestleやJDといった大手企業がC-Priceの上昇に備えて積極的に在庫を確保しており、需給バランスに影響を与えています。つまり、C-Priceの高騰とそれによる取引価格の高騰は、あくまで消費国目線での価格高騰であり、その価格上昇分がコーヒー生産の現場に還元されているかというと、ほとんど無関係……というのが現状なのです。
しかし近年、この状況にも変化が表れています。生産国と消費国のパワーバランスに変化が生まれ、コーヒーの実際の取引価格が、C-Priceから離れた「本来あるべき価格」にシフトしつつあります。僕はこれからコーヒーの価格は消費国ではなく、生産国が決めるようになっていくような気がするのです。
コーヒーが売り手市場になりつつあることの良い例は、近年のベトナムのロブスタ種市場です。コーヒー協会の指導で農家が供給管理を学び、他の収益作物も栽培した結果、コーヒーをすぐに売る必要がなくなり、収穫期に価格が下がらず、ロブスタ種がアラビカ種を上回る高値を記録する要因の一つとなりました。
生産国の経済が発展していくにつれ、農家側も戦略的な交渉が可能になり、消費国に対するコミュニケーションも「買ってください」から「売ってあげます」へと変化してきました。
また、アフリカにはいろいろな国がありますが、アフリカ連合(AU)として、コーヒーに関する中長期的な戦略を話し合う会合が開催されています。それぞれの国に、搾取され続けてきた構造という共通する危機があるからこそ、まとまることで強くなろうとするのです。
このムーブメントは、今後、中南米にも広がっていくのではないかと僕は期待しています。今はトランプ政権下のアメリカが中南米のコーヒーを「買ってあげる」状態かもしれませんが、ブラジルやコロンビアといった政党間のパワーバランスの異なる国同士が意思疎通し、中南米の生産国が協力して価格交渉力を高めることで、買い手市場から売り手市場への転換が進む可能性があります。つまり、生産者と消費者の関係が本来あるべき姿へと変わっていけると思うのです。
今後、生産国そのものが消費国になっていく
政権交代のような政治的要因や国策の変化、経済発展によって、コーヒーの生産国と消費国の分離がなくなってきているのも重要な変化です。つまり、これまで生産国だった国が、「生産国 兼 消費国」となっていくのです。
先ほど紹介したアフリカ連合(AU)の会合でも、内需をどう増やすかという議題があり、大学内にコーヒーショップを設置して若い人たちにコーヒーを飲んでもらい、リテラシーを高めていくというアイデアが出ていました。
意外に思われるかもしれませんが、生産国の農園で働いている人たちの多くは、自分たちが作っているコーヒーを飲んだことがありません。コーヒー業界にいると「すばらしい豆を生産している農園に行ったら、出されたコーヒーがインスタントだった」という話をよく聞きます。

たとえば、日本のスーパーマーケットで見かけるフィリピン産バナナってきれいですよね。でも、フィリピン国内に行くと真っ黒で状態がよくないバナナだけが売られています。きれいなバナナは輸出用、そうでないものが国内消費用、というわけです。
コーヒーもそれと同じで、生豆から未成熟豆や割欠豆を取り除く選別作業(ソーティング)によって3〜4カテゴリに分類され、最高品質の豆がスペシャルティコーヒー、中間が一般消費用として国外に輸出され、最低品質の豆が生産地に残ります。
豆を栽培し、収穫し、ソーティングし、焙煎し、コーヒーとして提供するという全体の流れを見たとき、最も利益率が高いのは焙煎と提供です。今のところ、焙煎と提供を行っている消費国が経済的な恩恵を受けていますが、本当は全部を生産国でやるほうがいいんですよ。内需が拡大したら、焙煎と提供から生まれる高い利益を自分たちのものにできますから。
最近のトレンドとして、中南米で大規模な生産者やエキスポーター、輸出業者などが、現地でカフェを作っています(Um Coffee Co.やAZAHAR COFFEEなど)。自分たちが収穫したコーヒーを焙煎してカフェで提供できれば、利益は全部ローカルのもの。これが「生産国が消費国になる」ということです。

消費国も変わるとき。Kurasuは、常に、先に。
内需が拡大し、生産国が消費国になったら、生産国としてはわざわざ輸出する必要がなくなります。そうなったとき、日本はどうしていけばいいのでしょうか。コーヒーが超高級品になって、今のように気軽に飲める世界はなくなっていくかもしれません。
これまで生産国の声には耳を傾けず、安価なコーヒーを前提にビジネスを組み立ててきた消費国。しかし、今度は消費国側が試されるときが来ています。

Kurasuは消費国である日本のコーヒースタートアップですが、グローバルに事業を展開しており、海外店舗は消費国だけでなく生産国にもあります。僕たちが大事にしているのは、「常に、先に」という考えで、生産者としっかり対話をし、長い取引をしていくこと。
パワーバランスが変わって、生産国のロースターや輸入業者が「売ってもらえますか?」と交渉する時代になったとき、売る相手を選ぶ権利は生産者にあります。売れる量には限りがありますから、必然的に、関係性があってしっかり買い続けてくれている相手、信頼できる相手を売り先として選ぶことになるでしょう。
Kurasuも抹茶に関しては「(海外へ)売る側」であり、限られた量を売る相手には継続的なお付き合いができるところだけを選んでいるので、それと同じです。価格のアップダウンを見て急いで動くようなやり方は、通用しなくなると思います。
今のような転換期において、中長期的な目線で物事を考えるのは簡単ではありません。近い未来に予測されている「コーヒー2050年問題」が一般的なメディアに取り上げられるようになっても、コーヒーの消費国である日本が今後どのように動いていくべきかという指針がないことにも危うさを感じます。
そんな中、僕は「Kurasuがベンチマークになれたらいいな」と思うのです。変化を恐れず柔軟に動き、自分たちの立ち位置を示して発信し続けることで、引き続きコーヒーが直面している問題を認識してもらい、能動的かつ選択的にコーヒーを飲んでもらうきっかけにしたいと考えています。
消費国も、変わるときです。今、メディアが「コーヒーの値段が上がっている」と取り上げてくれているおかげで、コーヒーに興味がない人でもその認識を持つようになっています。これは、コーヒー業界にとって今までになかった大きなチャンスです。価格の上昇に対する理解が広がることで、より公正な取引への道が開かれつつある。仕入れ値が上がる苦しさもありますが、僕としては「業界全体にとっていい流れが来ている」とポジティブに捉えています。

生産者と消費者が想いあえる未来
ここまで話したことは、コーヒースタートアップを経営する立場としての僕の考えですが、他の分野においては僕も一消費者です。農業や漁業をしている方に出会い、未来をサポートしたいと思ったら、消費者ができるのは「買うこと(買い続けること)」しかありません。
それをわかっていてもなお、八百屋や魚屋ではなく、つい便利なスーパーマーケットで買ってしまうという現実があります。こうした状況を変えるには、売る側が積極的に動いて、買う側に「このお店で買ったら、いい未来にすこし貢献できるかも」と思ってもらえるようにアプローチすることが必要です。そうすることで、生産者と消費者がお互いを想いあえる未来に近づけるのではないでしょうか。
Kurasuが展開する店舗ブランド「2050 COFFEE」は、「コーヒーの2050年問題」に真剣に向き合うブランドです。高品質なコーヒー豆をサステナブルな農法で生産している世界中の農家との関係性を構築し、質の高い農家の拡大、コーヒー豆生産量の増加を目指しています。
2050 COFFEEの店舗数をどんどん増やして消費者の生活の一部になっていけば、生産者へ還元できる革新的なことができると思うのです。Kurasuをコアに規模を拡大していって、生産者に還元できる仕組みを作れたらいいな、と。
僕の知り合いに、ブルーボトルコーヒーに初期から携わり、ケニアに住んでいるスティーブンさんという方がいるのですが、彼はケニアで生産されたコーヒー豆をケニアで焙煎して、北欧最大手のスーパーマーケットに卸しています。現地で雇用を生み、利益を現地に残せる、今までになかった仕組みです。今、世界ではこんな面白いことが起こっているんです。
コーヒーの現状を知り、未来に向き合うことは、僕たち一人ひとりの「おいしいコーヒーを飲める日常」を守ることにつながります。このnoteが、一杯のコーヒーが内包している物語を想像するきっかけになれたら嬉しいです。
■「コーヒーの2050年問題」に真正面から取り組む店舗「2050 COFFEE」の活動についても、ぜひご覧ください。