香港での新たな挑戦。Kurasu Hong Kongオープンを振りかえって
京都から世界に向けたコーヒーカルチャー発信をビジョンとするコーヒースタートアップ「Kurasu」。2017年のシンガポール出店を皮切りに、タイ、インドネシアと、グローバルにカフェ事業を展開してきました。
そして2024年1月、Kurasuは香港に初進出。尖沙咀エリアに「Kurasu Hong Kong」をオープンさせました。京都生まれのスタートアップ企業が海外展開をする難しさやおもしろさ、香港という土地ならではの難問とは。Kurasuの創業者で代表のYozo(大槻洋三)に話を聞きました。
香港にKurasu新店舗をオープンさせるまで
—— 今回ダイナミックで競争の激しい香港マーケットに参入されたわけですが、どのような経緯で香港に出店をすることになったのでしょうか。
もともと、機会があればどこでも出店したいという思いはありました。香港は僕たちのコーヒー器具の海外売上上位にランクインして気になっていた都市ですが、今回の出店の直接のきっかけは、2020年のはじめに香港人のIvan(アイヴァン)さんと出会ったことです。
Ivanさんは、日本のブランドの中から香港で人気が出そうなものを探し、契約をして香港に持ち込む事業を手がける会社経営者です。日本留学経験があって、日本語もとても流暢です。
彼が京都のKurasuをとても気に入ってくれて、「いっしょに何かできたらいいですね」という話になりました。実は、Kurasu Hong Kongが入っている物件は、もともと彼が持っていたものなんです。ずっと「この物件にはどんなブランドがフィットするだろう」と考えていたそうで、「ここにKurasuが入ったらいいかもしれない」と提案してくれました。
しかし、その後コロナ禍に突入し、香港がロックダウンに踏み切ったので日本との行き来が不可能になり、出店計画がストップしてしまいました。それから本格的な出店計画に着手するまで、実に3年もの歳月を要したことになります。
—— 2023年にようやく動き始めることができたのですね。Ivanさんが提案した立地はどのようなところだったのでしょうか。そこを選んだ決め手もあれば教えてください。
Kurasu Hong Kongがあるのは、尖沙咀(ツィムサーツイ)という九龍半島南端の商業地区です。通りには多様な人々が行き交い、最高級ホテルや商店、商業施設、文化・官公庁施設、日本企業のオフィスが立ち並んでいます。
Ivanさんが提案してくれた物件は、美麗華広場二期(ミラ プレイス 2)というショッピングモールの中にありました。この条件を聞いて、出店するかどうかすごく悩みました。京都の「路地」のような、ローカルに根ざした店舗づくりを大切にしてきたKurasuが、モールという場所で自分たちのアイデンティティを表現できるのだろうか、と。
もともとIvanさんが提案してくださる物件はモールの中が多く、それには香港ならではの事情があります。もともと香港の家賃相場は高いのですが、とりわけ路面店のように大家さんのいる賃貸物件は完全に貸し手市場で、需給バランスが崩れています。借りたい人はいくらでもいるので、大家さんが気分で店子を追い出したり、家賃を倍にしたりすることも珍しくありません。
だから、個人が路面店をやるのは難しいんです。コーヒー屋さんも入れ替わりが激しくて、先日も数年ぶりに香港を訪問したら、前から知っているコーヒー屋さんがけっこうなくなっていました。もちろん、コロナやデモといった他の要因もあるでしょうけれど。
長く続いている路面店は、投資家が所有する土地でしっかりとした関係を基盤に営業できているところだけです。しかし、モールはテナントとの関係性を大切にするので、そうした関係性がなくても安定します。
Ivanさんは自身が投資をする立場でもあるので、「ブランドをつくって長期的にお店を続けていこうと思うなら、モールでないと難しい」という考えでした。実際、一般的な海外進出の事例を見ると、インドネシアやタイ、特に東南アジアではモール出店が主流です。
ところが、Ivanさんが提案してくれたこの物件は、モールの中にありながら道路に面している、すごく珍しい立地でした。家賃は日本の感覚からするとなかなか高額でしたが、路面店とモール、両方のいいところを享受できそうだと感じ、ここを選びました。
Kurasu Hong Kongならではの特徴
—— Kurasu Hong Kongのイメージは京都のKurasu Ebisugawaに近いのでしょうか。
Ivanさんは京都のKurasu Ebisugawaを非常に気に入っていて、できる限り忠実に店舗デザインや雰囲気を再現したいと考えていました。「デザインだけでなく、オペレーション、接客、ドリンクメニューも含めて再現したい、そのためにはどうすればいいのだろう」という発想からのスタートでしたね。
海外展開しようとするとき、パートナーさんによって「日本のお店を忠実に再現するか」「その国に寄せていくか」の考え方は大きく異なります。たとえば、インドネシアのパートナーさんとは、Kurasuのコアとなるアイデンティティを維持したまま、ローカルのコミュニティやその場所にフィットさせていくにはどうするのがいいかと話し合いをしました。
インドネシアでは、ジャカルタ Senopatiの1号店の成功に続き、サードウェーブに大きな影響を与えたと言われる日本の喫茶店のコンセプトをモダンに解釈した2号店、Kurasu Kissaもオープンしました。結果的にうまくいったのですが、まるで違う方向にいってしまう可能性もあったので、そこは海外展開するうえで気を付けないといけない部分だと感じました。
ブランドイメージを損なわないようにコントロールしつつ、現地のパートナーさんに任せられるところは任せる、そのバランスがすごく大事です。いくつかの国や都市での出店をした経験を通して「こういうアプローチをするとこう進むんだ」と気づき、実際に相手の反応も見られたので、このあたりは今後の展開に向けて「仕組み化」していきたいと思っています。
—— Kurasu Hong Kongの店舗デザインについて教えてください。設計や施工は現地の方が手がけたのでしょうか。
香港の店舗はIvanさんの意向もあり、京都のKurasu Ebisugawaをイメージモデルとする、木をふんだんに使ったぬくもりのあるデザインを採用しました。香港には木を多用したデザインのお店は多くありません。香港の消防法が非常に厳しいからです。
前例がないので、Kurasu Hong Kongがオープンするまでには行政への申請手続きで何度も説明を求められたり、調整が必要になったりしました。木材も防火加工処理を施したものを使わなくてはならず、全体的に規制が多いことが大変でしたね。そのせいで予定がどんどん後ろ倒しになって、オープンまでに想定以上の時間がかかってしまいました。
京都のKurasu Ebisugawaの内装は左官職人による塗り仕上げで、床も美しい凹凸が浮かび上がる洗い出し仕上げです。香港でまったく同じにすることはできませんが、Ebisugawaの内装設計をしてくれた京都のインテリアデザインスタジオに頼んで、現地の施工業者の方と遠隔でコミュニケーションを取ってもらい、京都の雰囲気に近づけてもらいました。
カウンターがあって、カウンターごしにスタッフとお客さんが対話できたり、ドリップしている様子を見られたりする環境や、コーヒー豆や器具を実際に手に取れる棚スペースがある点は、Kurasu Ebisugawaと共通しています。
ハンドドリップをしているコーヒー屋さんは、香港に限らず、ほかのアジアの国でも少ないんです。だから、ハンドドリップする場所をきちんと確保し、ドリップに力を入れることで他との差別化を図っています。
オペレーションに関しても、フルサービスの店とセルフサービスの店では法律が変わってくるので悩みましたが、コミュニケーションを大切にしたいのでフルサービスを選びました。
—— オペレーションの話が出ましたが、スタッフの採用や実際のトレーニングはどのようにしていったのでしょうか。チームづくりで意識したこともあれば教えてください。
Kurasu Hong Kongのオープンにあたっては、Kurasu側からプロジェクトチームを派遣するようなことはせず、基本的には僕がひとりで対応しました。香港に限らず、海外出店をするときはいつもそんな感じです。
現地スタッフの採用については、ありがたいことに毎回たくさんのご応募をいただきます。オンライン面接をして、なぜKurasuで働きたいのかを聞き、フィット感を見るようにしているので、実際に香港に行く前から「いいチームになりそうだ」と感じていました。法規制で設計・施行が遅れたため、ハード面の不安要素はありましたが、ソフト面では安心できていましたね。
当初は僕とシンガポールにあるKurasu SingaporeマネージャーのAngeloさんでスタッフのトレーニングを行なう予定でしたが、僕が怪我をして香港に行けなくなってしまったので、結果的にトレーニングもセットアップもAngeloさんに任せることになりました。
異なるバックグラウンドを持つ人たちがいきなりKurasuのチームになることは、簡単ではありません。しかし、Angeloさんがコーヒーの淹れ方だけでなく、Kurasuのカルチャーも含めてトレーニングをしてくれたおかげでメンバーに一体感が生まれました。
香港では個人が店を開くことは難しく、コーヒー業界で働く人は、違うキャリアを歩むか、大手チェーン店の社員になるしか道筋がありません。個人店で働いていても頭打ちになってしまい、「その先」が見えない状況なんです。
その点、Kurasuは大手ではないけれど、成長していますし、インディペンデントな感覚もあります。メンバーはそんな組織で働くことに対して魅力を感じてくれているようです。
京都から世界へ向けてコーヒー文化を発信
—— Yozoさんは、2024年1月のKurasu Hong Kongオープンに合わせて1週間香港に滞在されたそうですね。実際にお店を訪問してどう感じましたか。
記念すべきオープニングを新スタッフたちと祝えたのはもちろんのこと、訪れてくださったお客さまとのコミュニケーションも楽しめて、とても嬉しかったです。スタッフがKurasuの一員として誇りを持って働いてくれていることもよくわかりました。
コーヒーメニューは、Kurasu EbisugawaのメニューをAngelo流に解釈したものになっていて、とてもおいしく抽出できていました。店舗によって淹れ方に小さな違いがあっても、Kurasuとして目指す方向性や根底にあるものがしっかり共通している。それを自分の舌で感じて、安心しました。
—— 今後の課題や展望についてお聞かせください。
「みんなそれぞれやりたいことに挑戦してほしい」という気持ちはあるものの、Kurasuのアイデンティティを守るために、「どこまでのズレを許容するのか」はこれから考えていかなくてならないと課題だと思っています。
これまでは僕の経験や感覚に基づいて意思決定をしてきました。しかし、明確な定義がなく属人化しているので、今後海外で出店をしていくときに、パートナーも社内もやりにくいと思うんです。僕がボトルネックになってしまう可能性も否定できません。型化して期待値を明確にするべきか否か、難しいですが、重要なところだと思っています。
Kurasu Hong Kongは運よく路面店とモールの中間的な物件で出店できましたが、これから海外展開をしていくとモールしか選択肢がない状況もでてくるでしょう。そうなったとき、やりたいことをモールで体現する道を探っていくのか、出店しないのか、しっかりと考えていく必要があります。
たとえば、Kurasuはあくまでも路面店にこだわり、別ブランドのお店をモールに展開して売上を立てていくのも一つの方法かもしれません。京都から世界へ向けてコーヒー文化を発信していくというミッションを大切に、それぞれの地域のお客さまのニーズに合わせた独自性のあるサービスを提供していく柔軟性も持ち続けたいです。
【店舗情報】 Kurasu Hong Kong
【お知らせ】新しいメンバーを募集しています
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