【イベントレポート】もう“伝言ゲーム”ができない時代、企業は直接何を伝えるか? D2Cとパーパスドリブンマーケティングを考える
株式会社クラシコムが主催となり、企業のマーケティング・プロモーション担当の方々に向けて開催している「クラシコムサロン」。第14弾は、前回に引き続き、クー・マーケティング・カンパニーにて企業のマーケティングを支援されている音部大輔さん、株式会社クラシコムの青木耕平が、株式会社Moonshotの菅原健一さんをモデレーターに語り合いました。(イベント開催日は2020年11月9日)
テーマは、「パーパスドリブンとD2Cの関係性」。2020年の大きなキーワードとも言えるこの2つは、別々に議論されることもありますが、実はとても密接な関係があります。「Direct to Consumer」という形態について、「直接でないと伝わらないことがあるなら、必然的にそうなるのでは」と青木が話すと、音部さんも「ダイレクトに“コンタクト”することとも言える」と続けます。
そうして接触するとき、伝える核となるものこそ「パーパス」と呼べるのでは――。デジタルの時代だからこそ可能になった新しいビジネスと、その本質について、お二人によるディスカッションからヒントを得ていただけたらと思います。
D2Cとは、デジタルによる顧客理解に基づくイノベーション
菅原
今回は、前回に引き続き音部さんをお迎えし、青木さんを交えて「D2C」と「パーパス」についてお話しいただきます。まず「D2C」は、スタートアップなどによる小規模ビジネスというイメージがありますが、今や大手メーカーも注目し、参入の例も相次いでいます。今日用意したテーマに入る前に、D2Cについて少し意識合わせをしたいと思います。
D2Cは、概念的には「顧客と直接つながること」という、かなり広義の意味合いです。一方で狭義には「デジタル・ネイティブ・バーティカル・ブランド」とも言われる、ネットを介したカスタムオーダーの単品ブランドを指すことが多いです。例えば米のメガネブランド「Warby Parker(ワービーパーカー)」などですね。前者だと、いわゆる直販ビジネスが全部含まれますが、少し違和感があります。かといって、後者に限定されるわけでもないという印象があるのですが、お二人はD2Cの定義をどう考えられていますか?
青木
「流通が直接的である」ことが定義かというと、たしかに違う気がしますね。販売チャネル、流通チャネルの話だけではなく、コミュニケーションのチャネルも同期しているような感があります。
言葉にするなら、「直接でないと伝わらない機微を、伝えようとする活動」だと思います。それでいうと、直接伝えたいことがないビジネスは、単純な直販になる。どうしても直接伝えるべき何かがあることが、D2Cを必然にするひとつの要素なのかもしれません。何を伝えるべきかは、ブランドによって違うでしょうが、販路の問題だけではないと思いますね。
音部
同感です。ダイレクトにコンシューマーへ、と書きますが、ダイレクトにコンタクトすることでもあると思う。そして、今やそのコンタクトは購買ポイントだけに限りません。購買後のリピートには、サブスクリプションやSaaSなど各種の提供方法が出てきていますが、要は「『2年後も5年後も顧客でいてもらう』ための接点をダイレクトに持っている」ことが大事ですよね。
青木
購買後もコンタクトできる、と。
音部
そう。同時に、デジタルであることがポイントだと思います。ユニクロさんだって直販ビジネスですが、現状の業態の認識はD2CというよりはSPAですよね。ただ、今後、店舗よりECが完全に主流になればD2Cになるのかもしれないと思います。
D2Cも、別に対面で直接売るわけではなく、基本はネットが仲介しますよね。ただ、店頭購買や非デジタルの通販と違って、顧客の行動をデータで計測できるから、より顧客を理解できる。もう少し柔らかく言うと、ブランドと顧客が分かり合える。それも含めて直接のやり取りができる形態が、D2Cだと定義できそうです。
すると、行動データを元に「よりよくつくる」ことができます。例えば、時計か何かのツールが主に夜に使われていたら、暗い背景に黒い文字を表示しても読みにくいんだから、その部分は白い背景にしよう、とか。インタラクションしながら、価値の共創もしやすいのでは。コロナ禍により、企業はDXが迫られていますが、実は生活者のDXこそ進んでいる点に注目です。お買い物DX、エンタメDX……そんな点も後押しになっていますね。
青木
なるほど。ひとつの要件はやはり、デジタルによる顧客理解とイノベーションを含んでいることが大きそうですね。もうひとつは、先ほど“伝えたいこと”と言いましたが、態度やステートメント、志があることが要件になるように思います。
「顧客とつながる」ことが今だから可能になった
菅原
デジタルによる顧客理解や、直接伝えたいことがある、というのは腑に落ちます。では改めてひとつ目のテーマ「なぜ大手メーカーがD2Cへ向かうのか」に入りたいと思います。音部さんも、大手メーカーのニーズを受けて、D2C支援プロジェクトを推進されているそうですね。
音部
そうなんです。私が顧問を務めるCyberZで、D2Cブランド戦略室を立ち上げて支援を始めています。
青木
大手の会社にとっては、D2Cはかなりコンパクトなビジネスになると思います。それでも参入の例が出てきているのは、好みの多様化や、音部さんが言われた生活者のDXを踏まえると「ニッチを積み重ねるしかない」と考えているんでしょうか。どういった点にオポチュニティーを感じているのか、気になります。
音部
先ほどの定義に立つと、前提として「直接つながりたい」という考えは昔からありました。テレビCMでの伝達が主流だった時代でも、各種のつながる方法が検討されましたが、精度としては幅15cmの筆で塗るようなもので、デジタルの0.05㎜のペンで生活者像を描き出すのとはわけが違う。やりたかったことが、今だから可能になったという理由がひとつあります。
物流を考えても、たくさんの品ぞろえを安価に提供できるスーパーマーケットの仕組みが出てきたのは、わずか50年ほど前です。野菜の産地に出向けば安く買えますが、行くコストが膨大ですよね。ただ、そのマッチングの役割も、今やデジタルが担えます。オンライン決済などの心理的ハードルもほぼなくなり、ECという商流がすっかり定着しました。物流と商流の両方が整ったことも、大手のD2Cへの参入の後押しになっています。
青木
事業者側の分散化が可能になっているわけですね。中央集権にしなくても顧客が困らず、むしろ好みに合うものにアクセスできる。少なくとも、ニッチな事業だがやらざるを得ない……という消極的なトーンではないと。
音部
そう思います。むしろ、もっと早くにもできましたが、その点は流通小売への配慮や遠慮があったと思います。共存共栄は可能ですが、表面的に捉えると、流通小売の皆さんからは反発もあるので。そうした感覚がコロナ禍で変化したのが、今年でした。
うまくいきやすい初手の選び方
菅原
なるほど。ここで、聴いていただいている方からのご質問ですが、「大手メーカーがD2Cへ向かうのに適した商材はありますか?」。
青木
初手で何をやるか。できるだけうまくいきやすい商材から始めるのは重要な観点ですね。
音部
青木さんのところでは、何がうまくいっていますか?
青木
この4月から、オリジナル化粧品の販売を始めたんですね。うまくというか、まだこれからですが、最初につくった口紅やアイシャドウのシリーズで1万個くらい売れています。
僕らは広義の通販ですが、通販の歴史には「フリークエンシーと粗利率が高い商材が強い」というセオリーがあると思います。健康食品や化粧品は、それに合致しますね。僕らは北欧のヴィンテージ食器が商売の起点で、初期はインテリア雑貨の仕入れ商品のみでした。これらは買う頻度が低いし、粗利もほどほどですが、だからこそ競合が少なく独自性が出しやすかった。結果、顧客との関係性をしっかり築けたのだと思います。
そこから、両方とも少し高いアパレルを数年前から扱い始めて、その上でオリジナル化粧品に広げました。
音部
化粧品なら、メイク系よりスキンケアのほうが頻度が高いですよね?
青木
おっしゃる通りです。ただ、スキンケアは差別化がすごく難しいと思ったので、まずは僕らのカラーを出してファンになっていただき、それからスキンケアへ……と考えています。D2Cを通販がアップデートしたものと捉えると、フリークエンシーと粗利率の関係はやはり重要だと思うので、もし2つとも高い商材がある事業者さんはすぐにトライしたほうがいいのかもしれないですね。
“伝言ゲーム”が難しい時代
菅原
2つ目のテーマは「小売を通じず直接顧客とつながる利点は?」です。冒頭で、青木さんは「D2Cには直接伝えたいことがある」といったお話をされていましたが、いかがですか?
青木
利点はと言われれば、やはり「ストレートに伝えられる」ということだと思います。言い換えると、伝言ゲームが難しい時代だな、という課題を感じています。
スペックにしてもブランドの姿勢にしても、何か1点を強く打ち出せば買ってもらえるわけではなくなっていますよね。たとえば初期のユニクロさんは、安くてベーシックという2点を打ち出されていましたが、今ではファッション性を追求するシリーズがあったり、雑誌を創刊したりと、魅力を複層的に伝えようとされている。この伝達が、複数の流通プレーヤーを介して果たしてできるんだろうかと考えると、やはり厳しいように思います。
ダイレクトにしたいというよりも、今この時代に生活者とつながるにはホリスティックな魅力を伝えることが時代の要請であり、それはダイレクトにしか伝わらない、ということなのではないでしょうか。それがちゃんと受け手に届くと深く理解され、自発的にブランドを語ってくれて、ファンがファンを呼ぶ状態になる。テレビCMで一気に、とは比べ物にならないくらい最初の伝達規模が小さくても、少なくとも誰かには「丸ごと伝わっている」ことの価値が、どんどん大きくなっているのだと思います。
菅原
とても興味深い視点ですね。「北欧、暮らしの道具店」では企業さんと組んでタイアップ広告も展開していますが、これも「規模は小さくてもマス広告では伝わらない良さを深く伝えたい」というニーズによるものですよね。すでに、価値観を“わかっている”コミュニティに対して投げかけたい、と。
青木
ちゃんと耳を傾けてもらうには、どの程度コンテクストを共有しているかが重要になっているんでしょうね。その点、僕らは日ごろから読み物で関係性を築きながら、ふと気になったらお買い物もしていただくような環境ができているので、マス広告では難しい少し複雑な話も聞いてもらえるのだと思います。
もうひとつ、顧客と直接つながる利点を挙げると、その関係値がストックされていくことだと思います。もちろん多少の離脱はあっても、基本的には時間軸とともに関係が深まっていく。これまで直販をしていない事業者さんは、そうした場を持つのが難しかったから、今こそ自分たちでやっていきたいという意向があるし、その一環として僕らのようなプレーヤーと組もうという話にもなってくるのだと思います。
菅原
なるほど。ただ、企業側は直接つながって聞いてもらいたくても、前提となるブランドがないとけっこう難しいですよね。「D2Cはトライアル促進が難しいと思いますが、どうすれば?」というご質問も来ていますが、どうでしょう?
青木
初期の信用を担保するフェーズは必要かもしれないですね。僕らもセレクトショップからのスタート、それも北欧のブランドものを中心に扱ってきて、ある程度の信用を得てから要はD2Cであるオリジナル商品を出しているので。メーカーでも小売でも、D2Cを始めるなら、その手前に何をするのかが重要なポイントだと思います。
菅原
おもしろいですね。D2Cが信用をどう得るかでいうと、メディアから始めるケースが増えています。先ほどのユニクロさんもそうですが、海外でこのケースが目立っていて、たとえば化粧品の「グロッシアー」などが有名ですね。メディアをベースに信用を得ながらインフルエンサーのコミュニティを築き、そこに商品を投じていく……という。
音部
今、「話を聞いてもらうコスト」が高くなっていますが、それは信用の有無と大きく関係していますよね。私の恩師、石井淳蔵先生は『ブランド―価値の創造』(岩波新書)の中で「ブランドネクサス型ブランド」というあり方を提示されています。すでにあるブランドに根差し、派生する形で世に出ていくという。「北欧、暮らしの道具店」の化粧品ラインが、まさにそうだと思います。ひとつ目のテーマで話した大手メーカーさんも、D2Cに進出する素地がありますね。
顧客の側が信用してくれて、「このブランドは私と価値観を共有している」と感じるようになった状態が、まさしくパーパスドリブンのマーケティングであり経営なのだと思います。「私の一部を構成しているブランドだ」と思ってくれると、しっかり話を聞いてもらえる。
青木
なるほど。今のお話で思ったのは、オウンドメディアの一歩進めたところにD2Cがあるとも考えられそうですね。自社メディアで直接コンテンツを届ける活動の進化系が、商品を直接届ける活動なんじゃないかと。バリューチェーンを延ばしていくようなイメージです。
その活動からいろいろな気づきやデータを得たり、あるいは深く関与してくれた人が自発的にエバンジェリストのような動きを取ってくれるようになる。オウンドメディアと地続きだと考えると、D2Cは「初手にどの商材を選べば一定の市場規模を獲得できるか」をすごく気にしなくても、始めやすい気がします。音部さんはどう思われますか?
音部
たしかに、そうですね。「北欧、暮らしの道具店」のように確立されたブランドはもちろん、そうでなかったとしても、D2Cはオウンドメディアと同じで「我々は何を訴えるか」「誰に訴えるか」が大事だと思います。ただ、もしかしたらそれよりも「相手をより理解できる可能性が高い」ことのほうが意義が大きいかもしれない、とも思います。それはターゲティング精度を高めるといった話ではなく、かゆいところに手が届いたり、ニーズを創出しやすくなったり、価値を共創しやすくなったりするから。
「こんなのつくったから買って」はもう通用しない時代なので、やはり“一緒にやる”チャネルを用意する必要が高まっているのだと思います。
パーパスとは、「何を善だと思うか」ということ
菅原
双方向性がとても重要だということですね。ここまでも、「伝えたいこと」は決してスペックだけではなく、姿勢やブランドが目指すことも含めてホリスティックに伝えて理解してもらう必要がある……という話がありました。3つ目のテーマ「パーパスがないとブランドは選ばれないのか?」とも関連すると思いますが、音部さん、いかがでしょうか?
音部
私自身は、パーパスはとても大事だと思っていますが、問いに答えるなら「なくても短期的には売れます」。友人関係でも、志のない友人と夕食に行けないかというと、行けますよね。ただ、長く深く付き合うのは、何らかの志のある人になるのかもしれない。かといって、では志を持てば人気者になれるのか、そのために志を強くするのかというと、それも違います。
パーパスも、同じだろうと思います。「我々はこれを善だと思う」と表明するほうが、自分たちが一貫した姿勢でいられる。すると、長く付き合えそうな相手に好きになってもらいやすく、生活者と、あるいは社会と長期的に関係を築ける……という順番です。
青木
たしかに。そんなパーパスが、昔よりも求められているのはなぜなんだろうと考えると、2つ理由があるかなと思っています。
ひとつは、ここまでの話とも重複しますが、機能や価格ではもはや差別化できず、パーパスで勝負するしかない時代になりつつあること。もうひとつは、市場や社会全体の不確実性が高まる中、仮にプロダクトの軸をピボットしても、顧客についてきてもらいたいから。たとえば「スタジオジブリの作品なら宮崎駿監督ではない作品でも見る」という人が増えると、ジブリは不確実性に耐えやすくなります。抽象度の高いレベルで顧客に、あるいは従業員や他のステークホルダーに支持されるには、パーパスで握ることが必要なのだと思います。
音部
時間軸が大事ですよね。パーパスがなくても、今週や今月の売上には影響がないでしょうが、年単位で買い続けてもらおうと思ったら大いに関係があります。
青木さんと、多くの大企業のマーケターが根本的に違うのは、クラシコムは青木さんの会社だから、近視眼的でいられるはずがないことです。でも今後は、たとえ2-3年で異動するとしても、いち会社員のマーケターも長期的な展望を持つほうがいいと思います。自分が関わったブランドが、自分がこの世を去るときにも元気で、社会に愛されているか。それを自分に問うことが、ブランドマーケターのひとつの矜持であり、そこにはパーパスを見据えることが不可欠です。
菅原
とても腑に落ちるお話ですね。パーパスの議論自体はD2Cに限りませんが、直接つながれるという点で、パーパスの役割が際立ってくるのだと思います。お互いにつながれること、その中でも生活者の側が「つながっている」と実感できることが大事なのだろう、と感じました。ブランドネクサス型の話も挙がりましたが、骨太で長期の関係があるから、そこから次へと進めるわけですね。今日はお二人とも、ありがとうございました!
登壇者プロフィール
(写真左)
株式会社クー・マーケティング・カンパニー 代表取締役
音部大輔氏
P&Gで市場創造やシェアの回復を実現したのち、US本社チームでイノベーションプロジェクトを主導。帰国後、ダノンジャパン、ユニリーバ・ジャパン、日産自動車、資生堂で、マーケティング担当副社長やCMOとしてマーケティング組織構築やブランド強化を指揮。2018年1月より現職。国内外のFMCG、輸送機器、教育、エンターテイメント、広告代理店、マーケティングサービスなどのクライアントにマーケティング組織強化やブランド構築といった”CMOシェアリング”サービスを提供。博士(経営学 神戸大学)。日本マーケティング学会 理事。日経BPマーケター・オブ・ザ・イヤー、日経B-to-Bマーケティングアワード審査員。著書に『なぜ「戦略」で差がつくのか。』(宣伝会議)、『マーケティングプロフェッショナルの視点』(日経BP)がある。
(写真中央)
株式会社クラシコム 代表取締役
青木耕平氏
2006年、実妹である佐藤と株式会社クラシコム共同創業。2007年より北欧雑貨のECサイト「北欧、暮らしの道具店」を開業。現在では「フィットする暮らし、つくろう。」をコンセプトに、北欧に限らず国内外のアイテムをセレクト販売しながらオリジナル商品を開発。さらにECメディアとして、Web記事・動画・ラジオなどのコンテンツを配信し、企業とのタイアップ広告を行うなど、多岐に渡ってライフスタイル事業を展開中。
(写真右)
株式会社Moonshot 代表取締役
菅原健一氏
2018年7月より株式会社Moonshot 代表。2016年スマートニュースでブランド広告責任者とBtoBマーケティング責任者を務める。2013年アドテクノロジー企業のスケールアウトで取締役 CMOとしてデジタル広告のサービス開発とマーケティングを担当。KDDI子会社でネット広告事業を展開するmediba(東京・渋谷)へスケールアウトを売却に伴い、medibaのCMOに就任。その後スーパーシップでCMOを務める。現在はスタートアップの企業経営とマーケティングの経験を活かし「企業の10倍成⻑を支援する」ことを目指すMoonshotを2018年に創業する。
書き手:高島知子
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