
昭和20年5月25日の物語の再現による小さな鎮魂〜石原路子さんのテディベアによる〜
太平洋戦争の終盤、アメリカ軍が沖縄の慶良間(けらま)列島に上陸すると、陸軍でも爆装した戦闘機で敵艦に体当たりするという特別攻撃隊が組織されました。軍事作戦というものは、必ず出撃してから帰還するまでの計画が立案されますが、帰還が計画されていない作戦ということで、特別攻撃、「特攻」と名付けられています。
本土から沖縄に最も近い鹿児島県薩摩半島南部の飛行場が特攻基地となりました。基地を飛び立って、沖縄まで2時間の飛行時間でした。その往路は、一緒に出撃した友軍機と共にありました。1)
昭和20年5月25日、出撃を待つ隊員達は飛行場で発進を待っていたところ、荒木幸雄伍長が子犬を見つけました。犬好きだった荒木伍長はとっさに抱き上げました。そこへ他の4人がかけつけ、あやしているところを報道カメラマンが撮影しました。1)

後列左から、高橋要伍長(17)、高橋峯好伍長(17)
(散華後の階級は、全員少尉に昇格。写真は朝日新聞社提供)2)
子犬は生後1カ月ほどの雑種で、基地の整備隊の隊長が拾ってきて餌を与えていたものでした。
この5名は、5月27日、全員が出撃し散華(さんげ)*しました。1)
*花のように散る意。はなばなしく戦死すること。
テディベアは、人の世の生き死に関わる小さな創造物です。

テディベアは、ガラスのめだまをもち、表情が乏しく造形されます。脚はあるけれど、座っているだけで、どこにも行かないし、何も食べません。なにもしないで、誰かが抱きしめてくれるのを待っているだけです。
森に生きるリアルのクマは歳をとり、目を閉じて死んで往きます。
テディベアは歳をとりません。アンティークになって、作家よりも、持ち主よりも長生きします。
テディベアは、いつまでたっても、めをつむれません。ガラスのめだまに世を映しつづけます。(以上は、絵本の主意による)
そのような、小さくて無力で受け身な存在は、異界とつながることができ、死者がこの世で充分に果たせなかった思いや、語り尽くせなかった慕わしい気持ちを聞いて、死者の思いを晴らすことができます。3)
そこで、5体のテディベアたちに昭和20年5月25日の物語を演じてもらい、ささやかな鎮魂をすることにしました。
5体の産みの親は、伝説のテディベア作家の石原路子さんです。石原さんはテディベアを制作するときに、「私は体を与えるだけだから、あとは自分で居場所を見つけるんだよ」と、話して聞かせるそうです。
今回、5体のテディベア達は、鎮魂の媒介役を果たします。

(陶の子犬はヨシダコウブンさんによります)
立秋に、小さな鎮魂を果たせました。
(2022年8月13日)
1)高岡 修:陸軍特別攻撃隊ー散華した若き命の物語:高岡 修・編:新編 知覧特別攻撃隊.ジャプラン, 2021, P10-20

2)高岡 修・編:新編 知覧特別攻撃隊.ジャプラン, 2021, P13
3)安田 登・著:ワキから見る能世界. 日本放送出版協会, 2006