ホテルキーにまつわる覚めない夢
ホテルキーがたべたい、とかねてより思っていた。
ホテルキー。どこかズレた調子のゆるいフォントが踊る、カラフルで透明な直方体。その一面から銀色のチェーンがのびて、どこかに繋がる鍵がぶらさがっている。なんかよくわからないけど、あぁこれはとてもかわいいな、と思う。
ホテルの名前が、なんとも言えないフォントでクリアな直方体に刻まれてるだけなのに、どうしようもなく良いなぁと思うし、手に持って、ぎゅっと握りたくなる。ひんやりと冷たい、直線の感触に少しびっくりしてみたい。
白い蛍光灯に、カラフルなアクリル部分をかざして、そこから透ける世界をずっと見ていたい。ちょっと細かい傷が表面に入っていて、視界に映り込んでくるのも、それはそれで良い。
ぴしっと行儀の良い、けれどカラフルでクリアなホテルキーを見ていると、衝動的に「たべたいな」と思う。漠然と、あの透明な物体は「甘味」であると、ずっとそう思って生きてきている。
幼い頃に旅行で泊まったホテルのルームキーには、薄紫色の透明なアクリルがぶらさがっていた。青みのある薄いクリアパープルのボディには、ホテルの名前が白い文字で彫られていた。
そのときから、私はたべたかった。それを手に取って、ぎゅっと握って、照明に透かしてじっくり観察する。たくさんの細かい傷のむこうに、白い光がぼんやりと透けた。ああ、こんなに美しいものが不味いわけない。そう思った。未知の甘味への期待に胸を震わせ、齧ろうとした。
すると、横からぬっと両親の手が伸びてきて、なにしてるの、と止められた。そりゃあそうだ。私は泣く泣くホテルキーを両親の手に戻した。
あのクリアパープルのホテルキーは、私の覚めない夢だ。その鍵の先は、見たことも行ったこともないような場所に繋がっている。あれから随分時が経った。今でも、あの透明なアクリルを齧れたら、なんて思う。そうしたら、それがどこかの異世界の、未来のおやつの時間に出会う甘味だったら良い。