ヤナイさんとの会話
「もしかして、ヤナイ社長ですか?」
「・・・どちらさま?」
「つぶらな瞳とおちょぼ口。やっぱりそうですよね!」
「前半は余分ですが。取引先の方?」
「ただのお客です。涼しくなってきたんで、ヒートテックでも覗きに。」
「そうですか。ではごゆっくり。」
「そうだ、読みましたよ。杉本貴司さんが書かれた『ユニクロ』。真っ赤な表紙が目立つ目立つ。つい買っちゃいました。」
「それはどうも。」
「その本屋、ユニクロの売場を真似て縦縞陳列までしてましたよ。」
「あれは1つの発明だと思ってますから。」
「山口県にある小さな紳士服店の跡取りから日本一のアパレルブランドを築いたカリスマ経営者の人生。」
「そんな簡単にまとめないでくれますか。」
「実は私も小売業界で働いてまして。」
「そうですか。」
「でもまさか店舗にいらっしゃるなんて。もしかしてあれですか?お客の振りして従業員の実態をこっそりチェックするやつ。」
「そんなことはしません!」
「ではお仕事で?」
「売場は自社の真の姿が映る鏡ですから。」
「・・・マジで言うんだ。てっきりよくある出処曖昧な都市伝説みたいなセリフかと思ってました。」
「あの本には真実しか書いてません。」
「じゃああれも本当なんですか?泳げない者は沈めばいいって古株の幹部2人を辞めさせたって話。」
「辞めさせたんじゃありません。読んだのなら分かるでしょ。」
「浮き輪くらい投げてあげてほしかったな。」
「しかもあれはビルゲイツの言葉です。それくらいの気概がないと世界一は目指せないということです。」
「Be daring, Be first, Be different!」
「マクドナルドの創業者レイクロックの言葉ですね。」
「勇敢に、誰よりも先に、人と違ったことを、でしたっけ。」
「一番大切なのは『勇敢に』という部分です。周りに反対され、バカにされ、諦めそうになった時、何より必要なのは勇気です。」
「寝太郎でも勇気があればできるんですね。」
「早稲田時代の下宿先で大家のおばさんが私に付けたあだ名ですよ。ビルゲイツとレイクロックと大家のおばさんを並べるかな!」
「でも真実ですから。」
「そうです。寝太郎でもできます。勇気があれば何でもできる。」
「猪木まで登場した。」
「これまで多くの一流経営者たちの言葉を学び、自分を奮い立たせてきました。しかしどれだけ言葉を尽くしても、人を動かすのは極めて難しい。今でも悩みます。」
「伝わってると思いますよ。」
「え?」
「先ほど言われてましたよね、売場は自社の真の姿が映る鏡だって。これだけ標準化された店舗を全世界に2,500店舗も展開するなんて並大抵のことじゃない。トップの言葉に共鳴してるからこそです。自伝なんか読まなくても分かります。あなたが本物だってことは。」
「・・・少ししゃべり過ぎました。ヒートテックの売場まで案内しましょう。それと・・・」
「はい?」
「本当はお忍びで来てるんで、今日のことは黙っておいてください。」
「今度、綾瀬はるかに会えませんかね?」