久野冬花

小説書いてます

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最近の記事

【短編小説】染影

※読了まで30分ほどかかります※ それなり長く生きていると、どんなに尖っていても、またはどんなにイキがっていても、抗えない世界の理が存在するってことに私は気づき始める。例えばそれは、大学のレポートの締切とか、友人間で交わされる斟酌もない噂の流布とか、取るに足らない学校内での規範や堅苦しいルールとか、地球の自転や公転とか…。 …分かってる、頭の中でぐるぐる考え事をしてる場合じゃなく、物理的に体を起こさなきゃいけないことくらい、重々承知している。別に何かに抗いたくて、または争い

    • 【短編小説】モザイクの女

      (読了時間は5分程度です) ほんとになんも、なーんもしんじれんなくなった。としだな、としとったんだおれも。かいちゃんいまなんぼになった、私ももう還暦になりますよ。もうそんなになったか、まあしかたねじゃ、ここくるようなってもうなんねんだ、10ねんはとうになったな、はやいもんだべ。またその話ですか、いやいやなげきたくもなるべ、むすこさんはいくつになったべ、だいがくが、だから、いまだいがくさかよってらんだが、いやねぇもう働いてますよ。そうだったがな、このまえまでしょうがっこうさか

      • 【短編小説】雪と虚ろ

        (読了までおよそ15分ほどです) この話は、はっきり言って僕にとってあまり快い話ではない。誰か個人を傷つけてしまうのではと恐れもあり、不安もある。しかし、不特定である誰かを口撃しようという気はサラサラ無いことは名言しておきたい。それでも僕が筆を取ったのは、僕自身がそれを上手く言葉にして喋るのが難しい性分なこと、そしてこれを伝えることに多少の義務感というか、使命感を持っているからかもしれない。あるいは、僕の中に内包している小さな正義感?…失敬、前おきはさておき。 僕が実家に

        • 【短編小説】冷たい餞別

          (読了まで45分ほどです) ※本作には若干のセンシティブな表現が使われています。苦手な方はご注意下さい。 その日、深沢ワタルは奇妙な夢に起こされた。その夢はまるで何かを啓示をしているかのような心持ちがした。しかしそれは、ぬめぬめした爬虫類の尻尾をうっかりと掴んでしまったように、とても気味の悪い夢だった。夢から醒めても、まだその自切した体の一部がその手中に掴まれたまま残っているように、夢見の時の嫌な感情がはっきりと身体に残っているように思われた。ここ数年は悪夢にうなされるこ

        【短編小説】染影

          【短編小説】「前略、ゆみちゃんへ」

          (完読まで8分ほどの量です) 「2022年11月吉日 前略、ゆみちゃんへ 突然の手紙にビックリしていることと思いますが、きっとゆみちゃんは僕のことを覚えているかと存じます。小、中と同じ学校だった同級生のコウタと言ったら分かるんじゃないかな?どう?思い出した? ゆみちゃんが中学2年の時にご両親の都合で引っ越ししてから、ずっと僕の心の中には君の面影ばかりを追う日々が続きました。 残念ながら中学のときに同じクラスになれなかったけれども、小学校の時には同じクラス、同じ班になった

          【短編小説】「前略、ゆみちゃんへ」

          【短編小説】流れ星と車窓とヒャダインの話

          (2〜3分ほどで完読出来る文量です) 「ね、見た?さっきの駅員さん。めちゃくちゃヒャダインにそっくりだったよ。」 と、向かいに座っていた彼女は少し興奮気味に言った。僕はその駅員の後ろ姿を見ながら、 「ほんと?見てなかった。」 と言うと、彼女は、 「もうー。次に回ってきた時、顔見てみなよ。凄い似てたんだから。」 と楽しそうだ。 「分かった。」 と、僕は言った。彼女が楽しそうにしているだけで心が弾んだが、それを僕はどう表現したら良いのかよく分からなかった。そういう時、たまに彼女

          【短編小説】流れ星と車窓とヒャダインの話

          【短編小説】溺れるヤママユ

          (完読まで15分程度の文量です) 瀬名裕貴はこの瞬間、凄まじい嫉妬心に駆られていた。しかも、同じクラスの藤堂勲に対して、こんなことを感じるわけがないと思っていたのだ。瀬名は藤堂という旧友の存在を心の底で軽んじていた。学校生活の中にひそかに存在する身分階級の中でも、瀬名は藤堂よりも遥かに高みにいるという自負すらあった。しかし、その貴賤の壁を超え、友情というバイアスを無惨に引き裂き、彼は藤堂という存在に痛烈に羨望したのだった。 その引き金を引いたのは、なんの変哲もないありふれた

          【短編小説】溺れるヤママユ

          【自作小説】綿毛

          ※11,100字程度、20分ほどで読めます※ 私が友人と昼休みのお弁当を食べていたら、ふと教室の扉のほうに自然に目がながれた。その扉の窓越しに、先ほどから他のクラスのガラの悪い連中が一同に介しているのが見えていた。私は、ウチのクラスの誰かに用事でもあるんだろうかと訝しんで眺めていたのだが、どうやら彼らは中嶋くんに入り用だったらしい。中嶋くんが購買から戻ってくるや否や、立ち所にその連中に呼び止められ、何やら立ち話をしているみたいだ。彼らの真っ黒な詰襟の制服姿がたくさん集まるの

          【自作小説】綿毛

          【短編小説】コーヒーの渦の中

          店員が持ってきたそのコーヒーにクリームを注いだとき、私はなぜか父のつむじを思い出していた。父は不惑を過ぎたころから白髪染をしているために、生え際だけが白く、つむじの外側に向かってゆくにつれ真っ黒な髪は、立派なコシと質実剛健な太さを持っており、この後何年経ったところで全く禿げるような様子が見られなかった。放っておけばどこまでも伸びる雑草のように、生命力に溢れた髪の毛だなと思っていた。 その白髪混じりの父の頭をじっくりと見たのは果たしていつだったか?どうしてこんなに印象に残ってい

          【短編小説】コーヒーの渦の中

          【中編小説】透明な回想

          目的地に着いたことで電車のドアが開き、そこから多くの人が下車していく様を、僕は座席に座りながらぼんやりと眺めていた。 本来ならば僕もここで降りなければならない駅だった。自宅の最寄駅だし、それに残業終わりのかなり夜深い時間だった。けれども、僕は一向に立ち上がらなかった。固くて丈夫なビジネスバックの取手を掴もうともしなかったし、定期券入れをポケットから取り出そうとも思わなかった。この前の休日に子どもたちと一緒に見た、ぐったりと横たわっていた動物園のシロサイも、ここまで無気力ではな

          【中編小説】透明な回想

          【短編小説】涙の乾く速度

          僕が大学一年の秋頃に–正確には夏休みの終わりごろだから、九月中旬くらいだった–、僕の父親は突然失踪した。 元々、僕の父と母は決して仲が良い夫婦では無かった。母方の実家に引き取られた父は、自由の少なくて居場所のない生活を強いられていたのだろう。小さな貝殻の住居しか得られなかったヤドカリみたいだ。 それでも、なんとかバランスを上手く取りながら、僕の家族はその形を楚々として、廉直に守り抜いていたのだ。 しかし、僕が小学校の低学年くらいから、父は家にいない日が増えていった。詳しい事

          【短編小説】涙の乾く速度

          【短編小説】面影の街

          日が沈むにつれて影が薄くのびていくように、僕らの間に隔てた長い年月が、その面影をひどくぼんやりとさせたようだった。昔付き合った彼女と偶然再会したとき、僕は彼女が誰であるか瞬時には理解出来なかった。 「北山くん、ひさしぶりだね」と言ってはにかむ姿が、その声や間の取り方が、そして象徴的な左のえくぼが、ようやく記憶の中にある彼女と一致したことが、彼女が誰であるかを認識させたのだった。 「あんまり変わっていないんだね、びっくりしたよ」と彼女は言った。僕は、なんて返そうか迷ってしまっ

          【短編小説】面影の街

          【短編小説】寄居虫

          「この話は、正直これを書いている僕も眉唾もので、おそらく誰の目に触れたとしても信じてくれないだろう。僕だってそれを誰かから聞かされたとしたならば、信じることが難しいと感じる。そういう類の話なんだ。 その日はちょうど平日の真ん中あたりにあり、連勤中の僕は夕飯の支度もするのが困難なほどに疲れ果てていた。 もともと一人暮らしには慣れていたため、わりと不自由なく自炊をしているのだが、どうしても残業つづきの日々を過ごしていると、そういった雑事すら面倒になる日がある。髭を剃る手間すら億

          【短編小説】寄居虫

          【短編小説】ヒロインの憂鬱

          その女性に声を掛けられたのは、僕が映画館通りで一人でベンチに座りながらラッキーストライクを嗜んでいた時だった。 ちょうどその日は会社の飲み会があり、あまり仲良くもない職場の人たちと一次会で別れていた。別に用事があったわけでも無い。しかし彼らの輪の中で、生産性のない会話に対して都度都度相槌を打ち続けることに疲れ果てていた。とにかく一人になりたくなったのだ。 喧騒とネオンの中で、やみくもに煙を吐き出し続けた。そして横柄な酔っ払い集団を睥睨しながら、ヘッドフォンからはレディオヘッド

          【短編小説】ヒロインの憂鬱

          【短編小説】ケーキフィルム

          彼と付き合い始めて半年は経っただろうか?彼は見た目の割に結構ウブで、私以外とはちゃんとお付き合いもしたことが無かったと言っていた。元々男子校の高校を出たということもあって、周りもそういう浮ついた人がおらず、部活に勉強にと精を出していたかららしい。そんな彼は、私といるときは慇懃な態度をとり、手を繋ぐにもなかなか時間が掛かってしまうタイプだった。きっと長く男世界の中に居たせいで女性というものを神格化しすぎて、迂闊にボディタッチをすることすら躊躇われるのだろう。そのためだろうか、付

          【短編小説】ケーキフィルム

          【短編小説】クローゼットの真実

          学生ばかりが暮らす安普請のアパートばかりが立つ通りの一角にある、うらぶれたアパートの前の駐輪場に原付を停めて、僕は友人の部屋を訪れた。彼は部屋の前の渡り廊下でタバコを吸っていた。俯いて、とても疲れているような気がする。僕の姿を認めると、「ああ、来たか…」と言いながら近くにあったエメラルドマウンテンの空き缶に吸い殻を突っ込んだ。寝癖でボサボサの髪と首周りのよれたTシャツ、灰色のスエットにサンダルという、いつもの見慣れた彼の姿ではあったが、どことなく覇気を欠いていた。おまけにいつ

          【短編小説】クローゼットの真実