【短編小説】流れ星と車窓とヒャダインの話

(2〜3分ほどで完読出来る文量です)

「ね、見た?さっきの駅員さん。めちゃくちゃヒャダインにそっくりだったよ。」
と、向かいに座っていた彼女は少し興奮気味に言った。僕はその駅員の後ろ姿を見ながら、
「ほんと?見てなかった。」
と言うと、彼女は、
「もうー。次に回ってきた時、顔見てみなよ。凄い似てたんだから。」
と楽しそうだ。
「分かった。」
と、僕は言った。彼女が楽しそうにしているだけで心が弾んだが、それを僕はどう表現したら良いのかよく分からなかった。そういう時、たまに彼女から「君って、言葉に感情が篭ってないよね。」と言われるけど、駅員がヒャダインに似ているかいないかよりも、彼女のそんな笑顔が見れた方が僕にとって何倍もの不思議に溢れていた。彼女の細胞一つ一つ、表情筋の一つ一つが小さく細かく動いて、その結果として僕に笑顔を作ってくれたこと自体が奇跡のようだった。ヒャダインがもし、ミュージシャンじゃなく駅員になっていた世界線上でも、僕は彼女の隣に居れたらいいのに。
窓の外はもうすっかり暗くなってしまっていた。九月を過ぎたあたりから、意気揚々と遥か高みにある山嶺を登攀していた太陽が、足元の悪い岩肌から急に滑落したみたいに沈むのが早く感じる。どのくらいの生地の厚さの服を、何枚重ねたら今の気候に合うか、まるでパティシエがグラニュー糖のグラム数を間違えないように留意するように、僕も慎重にデートの服装を考えなければいけないなと感じた。
彼女は車窓の外を眺めていた。彼女の瞳が、枯れ枝に留まった愛らしいテントウムシのように一点を見つめて停止していた。僕はいつまでこの横顔を眺めていられるんだろうかと、ふと頭によぎった。
窓の外を流れる街の灯りが、気まぐれに彼女の顔を間断的に照らしたりしていた。ニュースでは今年はオリオン座流星群が活発に活動して、沢山の流れ星が見られそうだと言っていた。僕は窓に目を移しながら、夜空に流れる無数の流れ星を想像していた。僕らの目には見えていないけれども、今も大気圏に焼かれて、数々のあくたが小さな光を出しながら消えていくんだろうか。僕みたいな地球上の小さな塵芥みたいな存在のちっぽけな願いも、それと同じように誰の目にも留まらずに消えてしまうのだろうか。僕は今も見えない光を放っているであろう流星に、彼女が見ている景色を、僕も共有できたら良いな、なんてことを密かに願ってみた。

おわり

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