わたしという誰かの演劇_010
わたしのいるところで、演劇がはじまる。
わたし ハロー、アイキャントスピークジャパニーズ、わたしは日本語がしゃべれません、でもいまどうですかこれ、日本語をしゃべっているように聞こえませんか、聞こえますよね、ハローハロー、わたしは英語であなたに語りかけています、「わたしは英語であなたに語りかけています」って英語で言っています、演劇って便利ですよね、日本語をしゃべっていても日本語以外をしゃべっているようにもできる、「演劇って便利ですよね」ってわたしはいま英語で言いました、じゃあ次はどうでしょう、ハイ、ハウアーユー、これって英語でしょうか、いえ、わたしはいま「ハウアーユー」って英語でもなく日本語でもない、この地球上には存在しない言語でしゃべったんです、ではもう一度、ハイ、ハウアーユートゥデイ、わたしがしゃべっているのはこの地球上には存在しない言語です、そんな言語わたしは知らないけれど、「しゃべってる」って言ったら途端にしゃべってるってことになる、全部日本語に聞こえたとしても、なんですかこれ、ワッツアップウィズユー、ハローハロー、わたしのいる部屋は宇宙とおなじ広さです、宇宙の広さを地球のひとは誰も知らない、知ろうとしているひとはたくさんいますがほんとうのところは誰も知らない、でも、あなたはいまわかっているはずです、この部屋は宇宙とおなじ広さで、この町も、この日本も、この地球も、月も火星も木星も土星も太陽も、銀河系とその外側の星々や、星々にもなっていないいろんな星くずやガスやなんだか得体の知れないなにか、宇宙のほとんどはダークマターが満たしてるって話もあるし、そういうの全部がこの部屋の中にはあって、この部屋の外には、もちろん、なにもない、「なにも」っていうのはなにもかもです、ひと粒の原子もなければ時間すらない、もっと言うと「なにもない」という状態すらない、「ない」ということすらなくって、この部屋が宇宙の全部、この部屋の外を想像できるひとはいない、なのにわたしたちには聞こえるんです、耳をすますと、部屋の外をときどき通り過ぎる救急車のサイレンの音、遠くから近づいてきてまた遠くへ離れていく、雑踏のにぎわい、木々の葉がこすれあう音、子供の声、別の子供を呼ぶ声がする、カムパネルラ、あるひとにはそう聞こえたそうです、そう聞こえたというひとの本をわたしは読んだことがあります、その物語は未完です、書かれなかったエピソードは、書かれなかった結末は、この部屋の中にありますか、アイキャントスピークエニモア、最後のページ、走って家へと向かうジョバンニ、
また明日。
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