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カワクニの おいしいエッセイ集

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エッセイの中から”食べ物”テーマのものだけ集めてマガジンにまとめました。
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記事一覧

昭和であった17 〜ご馳走様!夕食編 1 〜

さて、いよいよ昭和の時代の我が家のメインディッシュの話… 夕食のシェフはもちろん母である…

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昭和であった16 〜ご馳走様!昼食間食編 〜

今も昔も子供の昼食と言えば学校給食である。 私の通っていた品川の小学校は区立。 環状6号線…

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昭和であった15 〜ご馳走様!朝食編 〜

我が家は典型的な昭和のサラリーマン家庭である。 だが、振り返ってみるとその食生活は当時と…

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昭和であった14 〜昭和30年代、子供飲料事情!〜

先日聞いた話だが、最近の日本の子供は『水』を好まないらしい。 何故なら何の味もしないから…

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昭和であった13 〜やっぱ、夏はアイス!〜

昭和中期、少年時代の『美味しい』について語ってきた。 カテゴリー分けて掲載してきたが、今…

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昭和であった12 〜おやつおやつ!2〜

さてさて、私の子供時代の記憶の中の『おやつ』について続きの話を続けよう。 前回も書いたが…

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昭和であった11 〜おやつおやつ!1〜

子供時代の昭和30年代を思い返すと、世の中はまだ栄養事情が大分悪かった様に思う。 体現的には砂糖がそれ程不足していたとは思わなかったが、いつも甘いものが欲しかったので、今よりも砂糖がずっと高価だったのだろう。 親の目を盗んでこっそりジャムや白糖を舐めて母親から怒られた記憶もあるので、もしかすると子供には糖分が不足していたのかも知れない。 それでも戸棚の缶容器にはささやかな『おやつ』がいつも用意されていたし、僅かながら買い食いのお小遣いも持たせてくれていた。 一方世の中にはチク

尾山台は美味しいよ!

末期の膵臓癌が発見され、余命わずかの宣告を受けたのは一昨年の暮れのこと。 以来抗がん治療…

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要介護1と甘党の行方

キモセラピー・抗癌化学治療を始めてから4ヶ月。 病院からは当初から、いざという時のために介…

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癌とキャンディー

癌を患って以来、抗がん治療は何とかかんとか、幸か不幸か、上手く進んでいる。 医者も一回は…

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フィンガーチョコ...

私がまだ子供の頃、父は日曜やたまに早く帰宅した時には、家でよくウィスキーを飲んでいた。ウ…

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ひな祭りは家内の誕生日...

私は子供の頃から粗忽でうっかり者、『思慮』とか『慎重』とは真逆の人生を送ってきた。 その…

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東京の お・せ・ち

今年も三が日が終わった... 表紙写真のように、子供の頃はお正月が家族最大のイヴェントだっ…

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うちのX'mas メニュー

いつもの仲良しメンバーが年末他の予定があることもあって、いろいろ悩んだが、他の友人に声を掛けて結局今年も我が家恒例のクリスマスを開催することになった。 で、今回は我が家のクリスマスお決まりメニューを紹介しよう... 下ごしらえが結構大変だ...
クリスマスメニューの準備は、前日のさらに2日前から始まる。 まず、材料を冷凍庫から出して寒い場所でゆっくり解凍する...
解凍するのは七面鳥と牛ひき肉1kgの塊。        【今年の七面鳥は例年より小さめで4kgくらい..