劣等感

昨夜友人とお酒を。

「やまださんが、noteで5万円稼ごうが、50万円稼ごうがそんなの僕らにとってはどうでもいいことですよ?」

薄々感じてた無意味さと、でもきっとまだそこに何かあるんじゃないかと思っていた心情を言い当てられ、頭を抱えた。そしてお酒が進んだ。

どうも僕は、創作、中でも「言葉」に対してリスペクトが強すぎるみたいだ。薄々はわかってるんです。わかってて、それでもなお見積もりが甘いのです。それはきっと何度も何度も言葉に救われてきたから。辛い時とか、悲しい時、ぴらぴらの薄い紙の上にある一言の文字に、この世界にいてもいいのかもなぁって感じるきっかけをもらった。そうなんだから仕方ないんですよ。

でも僕も大人になり、この「言葉」をつくってる人間がいるってことを知ることになる。SNSがある今、その日常を容易に知ることもできる。場合によっては、会って普通にお茶することある。ご飯を食べることもある。お酒を飲むこともある。そして、がっかりする。

もしこの人が「あの言葉」を紡いでなかったとすると、何一つ興味も関心も抱かない、いや、それどころかむしろ「うわ、怪しいからちょっと距離置こう」って思うくらいの人である事実に、がっかりする。

このことはともすれば、その人の才能的な部分が文章や言葉のところにあるからこそ生まれたのかもしれないけど、でも僕だって多くの人に会ってきて、それなりに騙されたり、それなりに分かち合ったり、それなりにうまくいったりしてきた。だからこそ今では人を見る目が少しはあるはず。そのセンサーから、リアルのその人と、言葉を紡ぐその人のギャップがえげつない。とてもへこむ。

あのとき僕を助けてくれた言葉は、こんな人から出てたのか。だったら、あの言葉の意味は変わってくる。悲しい。とても悲しい。


何かをつくる人全員が「クリエイター」だと思ってる。だけど、その中に自分が入ってない。不思議だ。クリエイターを目の前にして、自分のことを「クリエイター」だと名乗れない。なぜだ。

賞レースはハックできるし、出版に必要なのは文章スキルではなくマーケティングだと理解したし、創作でお金を稼いでいる人はポジショニングだとわかっている。全部やってみたし、全部がっかりしてきた。

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