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yomyom『これはただの夏』

yomyomに連載されていた、燃え殻さんの『これはただの夏』が7月に単行本で発売されるらしい。

彼の書く、飾り気のないごく平凡な日常風景が好きだ。
自分が今生活している日々とつながっている錯覚を起こす心地よさ。
無理をしなくても入り込める世界。

家庭に事情を抱えた小学生の明菜と、同じマンションに住む主人公のやりとりが心地よい。

明菜はませていて、口調や行動が大人びている。主導権を握っているのはだいたいにおいて彼女であり、時に振り回される主人公。

ちょっとした事情で明菜の面倒を見ることになり、主人公宅で彼女がチャーハンを作るシーンが好きだった。


「お皿ある?」(明菜)
 「あ、はい」(主人公)

「へー」なんて言って感心していると、「ジロジロ見てないで、何か作れないの?」とフライパンに目を落としたまま訊かれた。

「ねえ、テーブルの上に置けないじゃない。きれいにしてほしいんだけど」
 「あー、すみません」


姉さん女房みたいな明菜。

どんな歳頃でも、女の人は強いものだ。
強気の女は魅力的である。

そしてこの後、彼女は主人公のお皿にチャーハンを多めによそってくれる。

言葉以外で表現される優しさや気遣いは、直接的なそれよりも柔らかく、お腹の底が温まるような心地よさがある。

この物語の中での、固有名詞の使われ方が好きだった。ただのアイスじゃなくてピノと表現されただけで、その場面をいつまでも忘れない。
その固有名詞にどんな印象を持っていたかで感情移入の仕方やその場面の捉え方が、人それぞれ違ってくるんだろうなと思う。

そして、何気なくて印象的な場面を今でも思い出せる。


焼きそばを食べる2人、プールでのフェンス越しの思い、土砂降りの中ホテルまで走る主人公。


誰かに聞いても、あぁあの場面いいよねというような返事は来ないかもしれない。


ただの普通の景色で、特別に印象的なものが描かれているわけではない(大変失礼なことを言っているのはわかっている。)
それでも私には、そういう何でもない場面ばかりが印象に残ったし、それらがこの小説を作っているように思えた。



気にかけなければ通り過ぎてしまう日常。

それが詰まっている。


そしてそれが特別になるわけでもなく、ただそこにある。

その日常を、上からでも下からでもなく、ただ同じ位置から同じ目線で見る。


あまりネタバレになるようなことは書けないけれど、この物語を読んで感じたことは、人は何かを信じたがっているんだということだった。


それが最後になって痛いほど伝わってきた。

単行本化にあたって改訂されてる部分もきっとあるんだろうな。今年の夏に手に取るのが楽しみだ。


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