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越前の海岸へ 第947話・8.29

「なにかさ、通勤中に異空間に紛れ込んだって、会社の後輩が変なこと言ってたけど、こうやって旅をしたら、どこだって日常と違うから異空間ね」
  友達と来ていたのは福井県。「そうねぇ、特にここは自殺の名所というから、あの世という異空間とのゲートウェイかしら」と、日本海の荒波で断崖絶壁となった東尋坊の前で友達が笑う。「ちょっとそれは......」私は少し引き気味の表情をすると、友達はまた笑った。「ハッハハハハ!もう大げさね。ここは有名な観光名所なのに......」

 中学からの同級生である私たちふたりの旅は始まったばかり。福井でレンタカーを借りてまで来ようとしたのは越前海岸だ。
「ここから、つ、つる」「敦賀よ、車で越前海岸をドライブするのよ」と、友達は早くも運転席に座っている。私も慌てて助手席に座った。

 東尋坊を出発した車はそのまま南に降りていく。九頭竜川の河口にある三国港を過ぎ最初に架かる橋を渡る。車が走っている道は国道305号線であった。「車は自由に行き来できていいわ」と友達は上機嫌にハンドルを動かしている。運転席の方は窓を3分の1ほど開けていた。軽快に走る車の中に天然の風が常に入ってきて心地よい。
「あ、運転いつでも言ってね」と、私は一応伝える。一応というのは、恐らく友達は「気にしない」というと知っていたから、それだけ友達は車の運転が好きなのだ。

 やがて運転席側からは海が見えてきた。「お、見えてきたわね。日本海が」いよいよ今回の旅の目的地のひとつ越前海岸に迫ってきたようだ。東尋坊から東に行けば、あわら市があり、そこから北陸本線が出て、敦賀方面に向かっている。だが鉄道の走るそのあたりは内陸の盆地のようになっていて、西側の海との間に山があるのだ。ふたりが走っている国道は山の西側、つまり海岸線沿いに続いていて「漁火街道」との異名を持っていた。
 集落の港になっているところや浜辺になっているところもあるが、多くは硬い岩の岩礁地帯が多い。日本海の荒波がそれらの岩礁に打ち付ける。その風景を見ているだけで旅情気分が沸き起こった。

 こうして友達の運転する車は走り続ける。ところが、私は途中からあることに気づいた。それは延々と海岸と海は運転席側であるということ。多少のカーブはあるが、基本的にただ海沿いの道を南下していくのだから当然である。
「私も海が見たいけど......」とは思うものの、運転をすべてお任せしてる助手席の身ではあまり強くは言えなかった。ただ、運転している友達を介して出ないと、せっかくの越前海岸が見えないのはちょっとつまらない。

「ねえ、途中で休憩する」私はさりげなく友達に行ってみる。「え、でも2時間で走れるようだから、一気に敦賀まで行っちゃったほうがよくない」「そう......」私の目論見は、もろくも外れてしまう。

 やがてこの先に道の駅「越前」があることがわかった。「ここを逃せばチャンスはないわ」私はそう思い、再度「道の駅って気にならない」と友達に話しかける。友達は首を傾げ、「別に土産物とか売っているだけじゃないの」といったが、そのあと私の顔を見ると表情が変わった。
「あ、ああ、ごめん、そういうことね」と何かを理解したのか、道の駅で止めてくれることになったのだ。

 こうして道の駅に来ると駐車場に車は止まる。「へえ、両側に建物があるな。結構大きいかもね」と、友達は笑顔を見せた。私は心の中で「よかった」と胸をなでおろす。
 私は車を出て海の方に向かった。駐車場から歩けばすぐに海がある。「あれ?」ここで友達が怪訝そうな表情。
「うん、どうしたの?」私が質問をすると「トイレ行かなくていいの」という。「え、あ、後で行く」と私が答えると、友達は首をかしげて、「あ、そうなんだ」とだけ答えた。
 後で聞いた話では、私の表情がトイレに行きたそうに見えたから止まったとのこと。「そんなにつらそうな表情だったのね」私は少し悪いことをしたような気がした。

 15分ほど海を見た後、越前がにミュージアムなど施設の建物を一通り眺める。「さて、後はトイレを済ませるだけね」と私はトイレに向かったが、友達は何かを見つけたらしい。「ねえ、この近くに、銭湯があるわ」と言って私に地図を見せる。確かにあるが、先ほど通り過ぎたようで少し戻る必要があるらしい。
 私は友達の言っていることがすぐ理解できた。大の温泉好きの友達である。ほぼ間違いなく「越前温泉道の湯」という場所に立ち寄りたいというに違いない。「わかった。そしたらそこでトイレ行こうかしらね」と私がつぶやくと、「うん、決まり!行こう」と、友たちが勢いよく車に向かう。

 ここで意外なことが起こった。「悪いけどすぐ近くだからその間だけ運転変わってくれない」と友達が言うので、私は「いいよ」とふたつ返事。友たちはその短期間でも今から行く銭湯の情報を調べたいようだ。
 また私にとっても運転席から念願の海が少しだけでみられると思い、ちょっとだけ気持ちが高揚しつつ車のエンジンを入れた。
 だが、私の高揚した気分は車を動かすとすぐにしぼんだ。なぜならば、車は、今来た道と反対方向に戻る。つまり運転席は海側ではないから......。

ーーーーーー

「いい湯だった」と友達はつやつやの肌になってご機嫌そのもの。「やっぱり旅のお風呂は異空間ね」と私もまんざらではない。こうして車に戻るふたりは、今日の宿泊予定地である敦賀を目指す。
「そうだ!」友達が来る前の前に来ると立ち止まる。「どうしたの?」
「ねえ、もう少し運転する?」とまた友達が意外なことを言う。
「え、いいの?」と私が返すと、「いいよ、海を見たいんでしょう」と友達。私は思わず友達の腕をつかんで「ありがとう」と礼を言った。

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