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桜肉で花見 第799話・4.2

「ここは本当に年に一度の特等席ね」海野沙羅は、ダイニングから見えるソメイヨシノの木を見ながら嬉しそうにつぶやく。
 今日は天気も良く雲がひとつもない。自分たちが植えたわけでも所有者でもないが、ダイニングの窓からは大きなソメイヨシノの木があり、4月になれば、自宅にいながら花見が楽しめるのだ。

昨日、夫の勝男が買ってきた食材を使った料理ができたので、沙羅は盛り付けてテーブルの上に置き始めた。
「しかし、よく考えたわね。桜肉で桜の花見なんて」沙羅は昨日、会社帰りに桜肉こと馬肉を手に、嬉しそうに帰ってきた勝男を思い出す。

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「今日は、飛び切りのお土産を買ってきたぞ。明日休みだから昼から花見するだろ」
「うん、そのつもり。ねえ何買ってきたの?」沙羅が質問したが、次の勝男の言葉に思わず絶句。「馬肉」「え、う、馬!なんでそんなの」
 ふたりは、名字の海野がそうさせているのか、基本的に魚が好きである。それも海水魚専門。
 ふたりは月に一度は寿司屋に行き、旬の魚で寿司の前に造りを出してもらい、日本酒の杯を傾けるほど、大の魚好きである。

 だから今日もてっきり魚を買ってきたものだとばかり思っていた。
「春の旬の魚と言えば 鰆(さわら)をはじめ、初鰹、アジ、後はメバルかな、そうそうシラスやカレイもかしら」
 勝男が帰ってくるまではそのようなことを頭に描いていた沙羅は、陸上に生息する哺乳類。それも馬と聞くと、やはり次の言葉が出てこない。

 それを見てうれしそうなのは勝男。「そんなに驚くなよ。たまには魚以外のものを食べようかなって思って」「え、いや、それはいいわ。でも牛肉とか豚肉、鶏肉とかでなくてなんで馬肉なの?」

「それは馬肉が桜肉って呼ばれているからだよ」と、勝男はうんちくを語りながら胸を張る。
「でも、なんで馬が桜なの?」
「いや、イノシシの肉をを牡丹とかいうだろう」「あ、ぼたん鍋ね」沙羅は昨年の秋に食べた牡丹鍋のことが頭に浮かぶと、思わず口の中に水がたまりだす。
「そう、同じように鹿肉を紅葉で、馬肉を桜というらしい。江戸時代に肉食ができなかった隠語だそうだ。あと春の馬肉は脂がのっていておいしいという説もあるらしい」

「そ、そうなの。馬の肉、それって多分食べたことがないわ」「大丈夫だよ。馬肉はこう見えて結構高いんだぜ。こだわった料理を作らなくて刺身とかでいいから、明日桜を見ながら桜肉を食べよう。こりゃ駄洒落みたいだな。ハハハハア!」と、馬肉の入ったビニール袋を沙羅に渡すと、上機嫌な勝男は自室に入っていった。

 残された沙羅はさっそくキッチンで馬の肉を見る。「そうか、確かに、桜色しているわ。というよりこれ結構な量。刺身だけじゃつまらないわね。何か作ってみるか」

ーーーーー

「できたわよ!」沙羅が勝男を呼ぶとすぐに勝男はキッチンに来た。「おお、馬刺しと、後、へえしっかり料理を作ったんだ」
「そうよ」昨日と違い、今度は沙羅の方得意げになって胸を張る。

「と言っても、そんな難しいものじゃないわ。これ、生姜とにんにくを繊(せん)切りにして、鍋に馬肉と一緒に入れたの。後は、酒と醤油と砂糖を入れて煮たのよ。途中でみりんも入れたかな」
 沙羅の説明を聞きながら勝男は皿に盛られた煮物を見る。「つまり馬肉の甘辛煮というわけか」
「でも、桜肉の甘辛煮の方が良くない」沙羅の突っ込みに思わず苦笑する勝男。「そうかもな。だけど色が桜の花というより木の部分だな」

「ま、いいや、じゃあ食べよう」勝男はそう言いながら冷蔵庫からビールを持ってきた。「最初はやっぱり」「ああ、これ飲んだら日本酒だな」すでにテーブルには日本酒の瓶が置いてある。
「カンパーイ」とふたりはビールを飲む。グラスを口につけながら、口の中に入っていく黄金の液体は、あっという間で喉の奥に流れ込む。その間に味わう炭酸が入ったそう快感がたまらない。

こうして最初は馬刺しに手を付ける。あと一品少しだけ手を加えた、馬肉のユッケもあった。

「うまい、うん、たまには哺乳類もいいな」「確かに、でも普段は魚かな」と相槌を打ちながらビールと馬肉を食べていくふたり、途中からは日本酒になると、顔を赤らめてますます上機嫌に。いつの間にか食べる時間から会話の時間が増えていく。だが、ふたりは会話とお酒に夢中で、すぐ目の前で満開になっている桜に全く気づいていない。

「ああ、おいしかった」「やっぱ昼間に飲む酒はうまいな」「あれ?」沙羅は後片付けをしながら、何か気づいた。「何か変ね。なんで今日昼から飲んでたのかしら?」「え、いいじゃないかそんなの。ちょっと昼寝しようか。結構飲んだからなヒッ!」
 そう言って勝男は自室に戻っていった。沙羅は洗い物をしながら、いまだに理由を考えている。

 そんなふたりに対してどう思っているのかわからないが、ダイニングの外から見える桜の花は、まだ散ることなく、引き続き美しい花を咲かせているのだった。


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