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青島への恋旅行 第836話・5.9

「ここ本当に江ノ島みたい!」陳春鈴の横にいた大川恭平はそれを聞くと、嬉しそうにほほ笑んだ。ふたりが交際を始めたのは3ヶ月ほど前のこと。江ノ島のある藤沢市内にオフィスがある会社の同僚として知り合った。

「君の生まれた町と同じ名前だもんな」「読み方は違うけど、親近感があるわ」春鈴は、中国の青島出身。幼い子供のころに両親とともに日本に来た。 
 両親は中華料理店を経営しており、両親がしゃべる日本語には独特のアクセントがある。だが1年生の時から日本の小学校に通った春鈴は、名前こそ中国名だが、言葉は全く違和感がない。
「でも、本当は夏に来たかったかな」「夏はこの辺り、海水浴場になるらしいな。でもあんまり好きじゃないよ。そんなとき人が多いし」
「でも江ノ島だって!」春鈴のひとことに、恭平は「確かにな」と小さく一言。

 ふたりは今、青島海岸から青島を見ている。交際を始めて初の宿泊を兼ねた旅行で、選んだ先が宮崎の青島だった。青島に来た理由であるが、普段ふたりが働いている藤沢市内にある江ノ島に似た島が宮崎県にあるということがここに来た理由のひとつ。だが、やはり春鈴の生まれ故郷と同じ名前というのが最大の理由となった。

 今日は旅の初日。午前中羽田空港から宮崎空港に到着すると、そのまま空港駅から列車に乗る。隣の田吉駅で乗り換えて青島を目指した。青島駅に到着後、あらかじめ予約しておいた青島海岸にあるホテルをチェックイン。一休みしてからホテルを出ていよいよ青島を目指した。

「1978年より前は木の橋だったって、ガイドブックに書いてあるな」恭平はガイドブック片手に橋を渡る。そのすぐ横を春鈴は続く。
 この日は風が強かった。海岸には白波が打ち寄せており、橋からも白波の姿が数多く見える。
「う、うわぁ!」春鈴は長い黒髪を激しくなびかせていた。橋の上はあまりにも強い風で、一瞬息ができないほどである。春鈴は思わずこの風をよける様に恭平の後ろに隠れてしまう。
「おいおい、もう少しだよ」恭平が手にしているガイドブックは、すでに閉じている。この強風ではとてもではないがガイドブックを見る余裕などない。

 ふたりは手をつなぎ半ば慌てながら小走りになって弥生橋を渡ると、青島に上陸した。「とりあえず、鬼の洗濯板というのを見よう」
 島の周りには波のような岩に囲まれている。そのためだろうか、弥生橋の時と比べると幾分風が弱くなったような気がした。 

「鬼の洗濯岩は、中新世後期に海中でできた岩が隆起し、波によって柔らかい部分だけがなくなった。それで固い部分だけが残ったのがこれなのか」
 恭平はガイドブックを手に説明を始める。「ち、ちゅうしんせいって?」「ああ、約700万年前らしい」
「ということは、恐竜の時代よりは新しいのかぁ」春鈴は目の前にある岩を見て小さくつぶやいた。

 ふたりが鬼の洗濯板を見ながら、向かった先は青島神社。「島の中に神社があるのも江ノ島と同じだな」恭平はそう言いながら神社の鳥居をくぐる。鬼の洗濯板はずっと続いていた。
「あ、あそこにみんな行ってるよ!」春鈴が指さした方向を恭平が見る。すると鬼の洗濯板の奥の方まで人が歩いていた。
「へえ、あとで行ってみよう。先に参拝するよ」恭平は左右に狛犬が並んでいるところの先に進んだ。ここでいったん鬼の洗濯板とはお別れ。

 参道をまっすぐに行くと、青島神社の山門が見える。思ったよりも立派な山門を前に恭平はガイドブックを開いた。
「ここは海幸・山幸という神話の舞台か」恭平はガイドブックを読む。春鈴は一瞬恭平を見て、また門を見つめる。ふたりはそのまま門をくぐり拝殿に。
「ここは縁結びとか安産、航海安全の神様だって」賽銭を入れて柏手を打つ恭平。「縁結びかあ」春鈴は思わず恭平を見詰める。

 このあと、さらに奥にある元宮へ。そこが本来社があったところだったらしい。熱帯ジャングルのようになっているこの植物は、特別天然記念物なのだそう。「自生栽培植物は226種で熱帯や亜熱帯植物27種か」と、恭平の説明を静かに聞く春鈴。ふたりはそこでも静かに参拝した。

「今度は、中国にに行きたいな」神社の参拝を終え、鬼の洗濯板を歩くふたり。行ける所まで行ったところでつぶやいた恭平の一言。「なんで急にまた!」
「そりゃ、日本の青島に来たんだから、今度は中国の青島だよ。現地のビールも飲んでみたいし」
 恭平はそう言ってビールを飲むようなジェスチャーをする。
「うーん、どうかな。生まれたところと聞いても、日本に来てからは行ったことがないんだけど。もう私の記憶にほとんどないから...…」と春鈴。それでも口元が緩み、表情が嬉しそうだった。


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