電子書籍デビュー
「私、作家になる!」突然突飛もないことを言い出したのは雅代。彼女は日本ではなく、タイの北部チェンラーイに在住している日本人。夫はタイ人のソムチャイで、現地のガイドをしている。
「オイ、サッカって。ほんカクヒトダロ。オマエそんなのデキルノカ?」
2020年は世界的に観光事業が壊滅状態。それは北タイにあるこの場所も同じ。例年なら外国人観光客相手に、近郊にあるゴールデントライアングルとかミャンマーとの国境の町などを案内していた。そんな彼も事実上開店休業状態。夫婦そろって別のアルバイトなどをしながらどうにか生活をしていた。
「できるわよ。本といっても電子書籍だけど」「デンシショセキ! ああスマホでよめるホンのことか」雅代は小さくうなづくと、パソコンの画面からワードを立ちあげた。
「ほら、もう完成しているの」「エ、イ、イツノマニ!」ソムチャイは、驚きのあまり声が裏返る。
「それは、あなたが昼寝しているときや子供たちとゲームしているときに、少しづつね」と笑顔で口を緩ませながら、どことなく勿体ぶったような視線を送った。
「ジャア、ドンナナイヨウナンダ」「日本人向けに書いているから、漢字が多く入っているけど。読んでみて」「アア」ソムチャイはパソコンに座り、雅代の書いたワードの原稿をじっくりと眺める。日本語でのコミュニケーションは問題ないが、漢字が多く混じると少し苦戦。
「エ、コレ」「ああ、両替所『リョウガエショ』ね。エクスチェンジのことよ」
こんな感じでソムチャイは、すべての文章を読み終えた。「フウ、ゼンブよんだよ」「どうだった」
「おう、これはチェンラーイのかんこうあんないダナ」「そうよ。ゴーデンデントライアングルだけでなく、国境の町メーサイの近郊、ドイ・トゥンとか。あと、メーサロンも入れてみた」
「แม่สลอง(メーサロン)をイレテクレタノガうれしい。オレのスキナところだ」
「そう。あと普通の観光案内じゃ、つまらないから物語風にしたの」「ミタイダナ。で、ガイドのサトウというのはオレのことか?」「そう、一応私の旧姓佐藤を使っちゃいました」と言って舌を軽くを出す。
それを見て大きく笑うソムチャイ。「あ、ハハハハ。オレがサトウ!ニホンジンのなまえ!ハアハハハ」
「さて、いよいよ発行手続きよ」「そんなにかんたんにデキルノカ?」
「うん、簡単よ」そういって、電子書籍を出版できるサイトから画面を開いた。
そして順番にタイトルから本の内容、金額などの必要な項目を入れていく。ソムチャイは物珍しそうに隣で眺めていた。
「さ、できたわ」「これでボタンを押せば」「そう、発行の準備が始まって、問題なければ数十時間以内には販売される。そしたら私ついに作家よ!」と、売れそうな雅代。しかしソムチャイは冷静な目で「ウレルカナ」と一言つぶやく。
「売れるわよ絶対!」「ダト、イイケドナ」と言い放つとソムチャイはパソコンから離れていった。
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翌日の午後。「やった!」と雅代の大声。「ドウシタ」
「発行されたの。でさっそくSNSでそのこと書いたら、いきなり買ってくれたひとがいたのよ!」「マジカ。スゴイナ」とソムチャイも喜ぶ。ところが雅代が突然目を赤くする。
「ドウシタ、なぜナク」「ご、ごめん。夢がかなったから」雅代は慌てて鼻をすすりティッシュを探す。
「私、ソムチャイと出会う前から、本を出版するのが夢だったの」の言葉と同時に鼻を噛む音が響く。「ソウカ」「でも、電子書籍がなかった頃って、紙で印刷するしかなかったの。自費出版ってすごくお金がかかって諦めていた」
「そうかタカイノカ」「だけど電子書籍ならこんなに気軽にできるなんて、本当にいい時代だわ」「そうかナ? コトシハ、サイアクダ。おれシゴトガナイ」
「あ、ごめん。そう言う意味じゃなくて」慌ててフォローする雅代。
「デモ、アレダナ。これオマエへのクリスマスプレゼントみたいだ」「そうね。ありがとう。もっと売れて、わずかでも生活の足しになればいいわね」
と、電子書籍の売り上げレポートを仲良く眺めるのだった。
こちらの記事を読み、脳裏に浮かんだもので創作してみました。
私の企画がきっかけ?電子書籍
リチャードさんが、電子書籍を出版しただけなら特に「出版おめでとうございます」というだけで終わる話です。ところがこの短編小説には、それとは違った重要な意味がありました。私が企画した「旅のようなおでかけ」と深いかかわりがあるからです。
企画にリチャードさんが旅の小説を書いてご参加。初めて小説を書いたということだったのですが、旅人らしく旅の雰囲気が出ていて非常に楽しい話でした。
企画の趣旨の関係上、私が偉そうに感想を書いてしまったのですが、その影響があるかどうか?それはわかりません。
ただ企画の作品をベースにされ、そしてはるかに充実・パワーアップした内容として電子書籍が出版されたのです。
さっそくダウンロードして読んでみました。
リチャードさんは、2冊目ではありますが、前作のエッセイと違って見事な短編小説となっていました。それでいながらバンコクの旅行ガイドのような側面を持っているのがすごいです。 バンコクに行ったことがある人なら「あ、あそこ」と頷ける内容。それも観光地ではなく、町歩きが楽しめる普段の「バンコク」が堪能できるリアリティさ。リピートする人も納得です。
ホテルやレストラン、施設も細かく紹介されており、初めてバンコクに行く人や、行ったことない人にとっても、バンコクという町がどういうところがおおよそわかる内容。将来行けるときが来て訪問を考えている人には、おすすめです。そんなに長くないので気軽に読めますよ。
こちらもよろしくお願いします。
8日は五輪さんが担当してくださいました。
※私の電子書籍もよろしければぜひ
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シリーズ 日々掌編短編小説 323
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