阿呆と年越しそば

「おい、佐藤はアホか!何やっている!とろとろせずに、早く12番テーブルに行け」「あ、はい!」佐藤は店長の山田に怒鳴られ、慌ててテーブルに向かう。
「この忙しい日にボーとして、佐藤あいつ本当にアホだなあ。鈴木ちゃんと指導してんのか」「店長すみません」と謝るのは佐藤の先輩で、ホール長の鈴木。

「そしたら、特製年越しそばをひとつ」「かしこ参りました。ありがとうございます。12番さん、特製そば入りました」
 ここは、そば専門店「蕎麦処十割太郎」。茅葺屋根を模した建物と、その横に水車が回っているそれらしい店。12月31日の大晦日は、年越しそばだからもっとににぎわう日であった。開店と同時に店内で食事する人、持ち帰り用のそばを購入に来る人であわただしい。時計はちょうど16時を指したところであるが、それでも客足が絶えることは無かった。

「佐藤君、特製年越しそば12番テーブルさんに。ゆっくりでいいからね」「はい」鈴木に言われた佐藤は、出来立てで湯気が立ち込める特製年越しそばを、先ほど注文した12番テーブルの客にゆっくりと持っていく。

「お待たせしました。特製年越しそばです」
「はい、ありがとう」とメガネをかけた60歳前後の女性は、にこやかな笑顔を見せる。「ごゆっくりどうぞ」佐藤は丁寧に一礼した。「あ、ちょっとまって」「はい」「もしご存じだったらなんだけど、年越しそばってどういう意味があるのかしら?」
 女性客からのまさかの質問。佐藤は慌てて一瞬目の色を変えたが、深呼吸して冷静さを取り戻すと、落ち着いて答える。
「お客様。年越しそばにはいろんな由来がございまして、細く長いから長生きできる意味。またそばは切れやすいから、今年の悪縁を切って新年に良い縁が来る。それから金を集めるのにそば粉を使った歴史から、金運上昇という意味があるそうです」

「まあ、若いのによくご存じ。ありがとう。さっそく頂くわ」客が嬉しそうに礼をいうと、にこやかに頭を下げる佐藤。
「ずいぶん、時間がかかってたけど、12番のお客様。ここから見ても本当にうれしそうだったわ」戻ってきた佐藤に声をかける鈴木。「はい、年越しそばの由来をきかれたのですが、前の店長に教えてもらったので」と嬉しそうに答える。
「そうね、前の店長か。半年前までは良い店だったのに」一言つぶやくと鈴木の顔が一瞬暗くなった。

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 蕎麦処十割太郎は、蕎麦専門のチェーン店。全国に店があり、さらに株式を上場するほどの規模であった。しかし企業買収に遭い、あらゆるレストラン業態を手掛ける大手外食チェーンの傘下になったのは半年前。
 長くこの店を担当していた前店長は、そば作りの農家出身ということもあって、そばに詳しくスタッフにそばの蘊蓄(うんちく)をわかりやすく教えた。だが体制が変わると本部の勤務となって異動。

 代わりに別の店長・山田が来たが、これがひどい。東大を卒業したと言うエリートで、将来の幹部候補生だという。レストランの現場を経験するという理由だけできたので、そばの知識も現場の経験もなく入って来たのだ。
 だからそばへの愛着など全くない。店は鈴木など店長以外の残されたスタッフがいたので、どうにかやりくりできる。だがそのことが悔しいのか?機会があれ威張り散らす。
 そして何かあったら「俺は東大卒で、幹部候補だ」と言い出した。佐藤は1年前からのスタッフであるが、おっとりした性格が災いし、山田の目の仇となってしまう。そしてもたもたしている佐藤を見て「アホ!」と、パワハラまがいの恫喝をする。鈴木はその都度山田をフォローしていた。

 山田は無力で知識のないくせに、目立つのがとにかく好き。事務作業がないときは、できるだけ現場に入ってくる。オープンなカウンターの目立つ位置にいて、打ち終えたそばを順番に茹でる。そして器などに盛り付けの単純な仕事を昼間のピークタイムやイベントのときに行う。とにかく「俺の作ったそば」といわんばかりに客に見せようと、とにかく目立とうとする。

 この日も「なんで俺のような幹部候補が大晦日に勤務しなきゃならん」と、前日まで不満を怒りに変えて怒鳴り散らしていた。しかしさすがにそば店の店長が大晦日に休むのはまずいと思ったらしい。不機嫌そうに現場に入るが、なぜか髪を金色に染めている。
「店長、あんな髪に染めるということは相当な不満だ。大晦日に仕事するのそんなに嫌だったのか!」他のスタッフは驚いたが、誰も何も言わない。
 そのままいつもの現場に入ると、そばを茹でて盛りつける。そしていつも以上に、スタッフに対して大声で罵倒するのだ。

「おい、佐藤。アホか!忙しいのに。今、私語しただろう!」突然佐藤と鈴木のふたりに罵倒の声が響く。「すみません」慌てて佐藤は鈴木から離れる。
「鈴木お前もだ。お前も佐藤と同じアホか!」「あ、店長ごめんなさい。その話後で、テーブル8名様お会計!」

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「佐藤!ちょっと来い!!」突然山田の声。いつも以上に怒鳴り声が荒い。行くと先ほどの年配女性が店長に対して何か言っている。聞いてみるとなんと、そばの汁の中に髪の毛が入っていたと言う。
「おい、お前がこちらのお客様にそばを持って行ったな」「はい!」「お客様の召し上がるものに、髪の毛が入ってたんだってよ。これどういうことかわかってんな」
「え、いえ」佐藤はすぐに意味が分からず言葉が出ない。「謝れアホ!」山田の怒りのボルテージが最高潮。
「お前、さっきも私語してたし、その前も中々席から戻ってこない。どう言うことだ? やる気があるんか!アホ」

「え、あ、そ、それは」佐藤は恐れのあまり口が先に進まない。全く納得できないが、反論できる立場ではない。
「アホ、ろくに言葉も話せんやつは話にならん。もうアホはこの店にいらんからお前は帰れ!その前にお客様に土下座しろ!」「う、」佐藤は顔をこわばらせながら恐怖と、徐々に沸き起こる理不尽な怒りが加わり体が動かない。

「あ、店長!」たまらず鈴木が駆け寄ってきた。ところがその前に大きな声を出したのは年配女性客。
「待って!あんた。それってパワハラじゃないの?」
「いえ、お客様に対してご無礼の数々をしたこのアホに詫びさせようと」山田は顔は客に向けるが、視線は佐藤を睨んだ。
「そう。でも入っていた髪ってこの色だけど。どう見てもこの子の黒い髪じゃないわね」と言って老女性は蕎麦の中に入っていたという金色の髪を山田の前に見せる。
「え?」

「この色はむしろ、そば屋に似つかわしくない店長さんの髪に似てないかしら?」「あ、い、ええ。そ、それは?」ここで山田の表情が変わり、佐藤のような戸惑いの表情になる。
「この子が席に長くいたのは、私が呼び止めたからなの。そして年越しそばの意味とか丁寧に私に教えてくれた。本当に素晴らしいと思ったわ。意味を考えながら味わうそばは、途中までは本当においしかった。でもそれがこの髪とあなたの大声。そして今の従業員に対するパワハラ」
「... ...」

「あなた大きな声で、店中に怒鳴り散らすから、古民家をイメージしている店の雰囲気が完全にぶち壊し。それで何?衛生管理とかちゃんとしていないのかしら」
「あ、お客様。その」山田はどんどん小さく見える。そのやり取りを見た佐藤や鈴木をはじめ、他のスタッフも内心喜んでいた。
「まずこの件に関しては、あなたが謝りなさい」老女性は胸を張った威厳のある姿に見える。
「も、申し訳ございません」
「それから聞こえたわ。東大出たそうね。そんな自慢大声で出すのも、アホらしくてどうかと思うけど。それに謝り方もなってないわね。誠意が全く伝わらないわ」

「あ、いえ、本当に申し訳ございません」山田は最敬礼で、頭を下げ続ける。
「ふん、当たり前よ。ていうか、もういいわ。ここって○○グループね。本部にクレーム出すわ。ここにひどくてアホな店長がいたってね」そう大きめの声をいった老女性は、そのまま店を出ていった。

 その女性が立ち去ったのを見終えた山田は、顔を上げると無表情のまま、黙って店の奥に事務室に引きこもった。店内はしばらく静まり返ったが、間もなく何事もなく稼働。スタッフが先ほどのピリピリしたムードがなく穏やかな空気になる。
 30分後服を着替えた山田がでてきた。
「鈴木悪いが、俺は今から急遽本部に戻る。あと任せた」とだけ言って、そのまま出て行ってしまう。ちなみに本部に戻るというはウソである。

「さて、みんな今年もあとわずか。ラストスパートまで頑張りましょ」鈴木の掛け声で、スタッフはみんな活気づく。まるで山田の存在が邪魔だったようだ。

 ちなみに年明け1週間後には山田は本部に異動。あとでわかった話であったが、あの女性客は役員の妻である。かねてから山田店長の態度や運営に対する不満が、本部に寄せられていた。それを知って覆面調査に来ていたのだ。これですべてが明るみになり、山田のパワハラや金髪にしていたことが問題視される。そして山田は本部に戻った後、数か月後に退職したという。

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「ハイお疲れさまでした」店長の代行の立場として鈴木が取り仕切り、閉店時間の21時を迎えた。この日出勤したスタッフには、お持ち帰り用の年越しそばが1人前ずつふるまわれる。
「佐藤君。今年はお世話になりました」「いえ、僕こそ、鈴木さんには大変お世話に」佐藤が頭を下げると、鈴木は小声でささやく。「店長はあなたのことをアホなんて怒鳴っているようだけど、私はあなたの優しい接客が立派だと思うわ。来年も頑張ってね」
「はい」佐藤は元気に返事した。

 年越しそばをもらった佐藤はひとり暮らし。家に戻ると、さっそくそばを作りはじめる。そばはすぐに作れるようなセット。器に盛られたそばが、湯気を出しながら完成すると「いただきます」と手を合わせた。

 佐藤は割り箸をふたつに開くと、さっそくそばの入っている汁の中につける。そしてそのまま十割蕎麦を引き上げてその色を眺めた。そこには星と呼ばれる黒い粒がはっきり見える。「蕎麦処十割太郎」自慢の田舎そばであった。それを口から息を2回吹きかける。
 そのまま口の中に入れると、まるで落語家が演じているかのように空気の混じった音を豪快に出した。汁から上ってきた長いそばを口の中に吸い込んでいく。そして口の中に含まれた、そばのフレーバーを感じながら歯を起用に使い、噛み砕きながらそばの風味を堪能。そのままそばを飲み込む前に器を両手に取って口元に。熱さが十分に残るそば汁を、少し口に含む。そしてかみ砕いたそばの麺と一緒に飲み込んだ。この後しばしの余韻を楽しむ。

 蕎麦処十割太郎のそばを味わう佐藤。カウントダウンの放送を前に美味しく平らげたそば。器には何も残っていない。
「他の人より動きが鈍いから、多分来年もアホといわれるだろう。でも僕なりに丁寧な接客で頑張ろう」と心に誓うのだった。 



こちらの企画に参加してみました。
(実は偶然ですが、間抜けだけど心優しい主人公の話を思いついたときに、この企画を知ったので、アホの主人公としました)


2020年を振り返りと推しnote

 今年は1月1日からほぼ毎日「掌編・短編小説」を書き続けました。私は数年前からnoteをしていますが、それまでは月に数回程度の更新で小説を書いていただけです。そんなこともあり2020年からが本格的なスタート。今回で345本目です。

 正直本当にここまで書けるとは思いませんでしたが、多くの人が読んでくださり、温かいコメントを頂いたからこそ最後まで行けました。一応目標は1000本なので、あと655本書く予定。そう考えるとまだ3分の1程度ですが、マイペースで小説を書いていきたいと思います。
 今日もそうでしたが、noteではいろんな企画があり、それに参加することで創作へ非常にいい効果がありました。続けられたもうひとつの理由がそういう企画参加ということは間違いありません。

 そんな私が少し大掛かりな企画をしたのが「旅のようなお出かけ」
 東南アジア小説がメインだった私が、旅の小説も良く書くことに気づき、今の名前に改名したきっかけとなった企画です。

 ここでは「感想をかく」ということまでやりました。おかげで人様の小説をしっかり読み、その意図を理解。結果最適な感想を書くことができるようになりました。
 というわけで私の2020年の推しnoteはこの企画の案内記事とさせていただきます。
 
 これは今年最後のnote記事。それでは皆様よいお年を。来年は1月1日から書き始める予定です。


こちらもよろしくお願いします。

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シリーズ 日々掌編短編小説 345

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