彼岸に見える星 第972話・9.23
「ねえ、あの星の名前なんだったっけ」私、真理恵は、夜空に浮かぶ星のひとつを見て静かにつぶやく。
「えっとあれはたしか......」横にいた彼一郎が、さっそく星の位置を確認する。そのあと彼が左手に手に持っている星座の位置地関係がわかるものを見つめながら、該当する星の種類を探しはじめた。
今日は秋分の日、昼と夜が同じと言われていて、また彼岸でもある。普段コスモスファームという小さな畑をしている私は、つい数日前まで午前中から体を襲う灼熱の前に体力を奪われていた。ここにきてようやく秋らしく収まってきているような気がする。それでも昼間はまだ暑い。
それから私の畑ではないけれど、近くの畑で米を栽培している農家の人がいる。そこに来れば稲穂がこうべを垂れていてまもなく稲刈りが始まるのだけど、周りでは彼岸花の赤い姿が目立つわ。
「あ、これかな?」彼がようやく星を特定できたみたい。彼は持っている資料と夜空の星の配置を注意深くなんども確認する。「間違いないな。あれはみずがめ座のサダルメリクだとおもう」
「サダルメリク?」私は初めて聞く星の名前。みずがめ座はもちろん知っているが、あまりひとつひとつの星の名前は知らなかった。
「みずがめ座アルファ星ともいう星で、すぐ右下にあるサダルスウドの次に明るい星だな」
「サダルスウド......」私はこの星の名前も知らなかった。哲学の学者で天文学にも精通する彼と毎日天体観測をすることが一日の楽しみなのに、全く私はまだまだのようね。
「サダルスウドは、みずがめ座のベータ星と呼ばれていて、このふたつが特に明るい星だね。どちらも520~540光年くらいのところにあるそうだ」
彼は饒舌に語る。専門分野である哲学よりも天文学の方が本当は好きだから。ただ一度語りだすと、彼はどんどん専門的なことを言い出すわ。多少ならついて行けるけど、それを超えるともうダメ。今回もなんとなくその流れになりそう。
「サダルメリクは、アラビア語で『王の幸運の星』という意味があるんだ。それからサダルスウドは、アラビア語で『幸運中の幸運』という意味があるそうだよ」彼は自分の世界に酔いしれるように語るが、ここで私は気になることがあった。すぐに質問する。
「アラビア語っていうけど、みずがめ座は中東と関係があるの?」本当に純粋な質問。私は星座といえば、ギリシャ神話のイメージが強いから、突然アラビアと言われてもピンとこなかった。
「うーん、それはおそらくメソポタミア文明と関係があるんじゃないかな」
彼は答えてくれたが、先ほどのように自信をもっては話さない。少し考えるそぶりをしている。やはりそうだ。彼ははっきりしないとその場で調べ始めるのだ。
「あ、いいわ、わからなかったら」私は彼を止めようとしたが、彼はもうそのモードに入っていた。
「うん、ほう、これだな。古代バビロニアの時代にはみずがめ座の原型があるようなことが書いているぞ」彼は自分自身で納得するように何度もうなづく。
「みずがめ座って、そんなに古いんだ」
「うん、ちょうど日本では彼岸というか秋分の日のころに見えるみずがめ座は、メソポタミア地域では雨期に当たるそうだ。だから水に関係している星座が多いんだって。みずがめ座の左に見える、うお座とかその下に見えるくじら座など、やはり水に関する星座が見られるのが特徴というわけか」
これについては彼も初めて知った内容のようだ。新しい知識が入ったとばかりに、彼は口元を緩めて喜んでいる。それを見た私もついつい嬉しくなった。
「あ、ねえ、星座のうんちくもいいけど、せっかくだからもっと星を見なきゃね」
今日は雲がほとんどなく天気がいい。だからいつも以上に星が良く見える。
「そうそう、星を見ないともったいないよ。見よう」彼はそう言って星を見つめる。しばらくするとある方向に指をさした。「あそこに秋の大四辺形があるぞ」
「あ、確かアンドロメダ座とペガスス座の」これは私が知っていたのですぐに答えると、彼は「よく覚えていたね。いちばん左上にあるあれがアンドロメダ座のアルファ星のアルフェラッツで、後はペガスス座の星だ。アルフェラッツから右に見えるのがベータ星シェアト、その下がアルファ星のマルカブその左で、アルフェラッツの下にあるのがガンマ星アルゲニブだな」
彼は自信をもって星の名を語る。私は彼が語るのを横で聞きながら、望遠鏡でほかの星を見てみた。「星って本当にいつみても飽きないわ」
私は心の中で呟きながら、今宵も彼と一緒に夜遅くまで天体を楽しんだ。
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