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ありえないことは起こるのか 第942話・8.24

「うん、あれは何だ?」自分が温泉に入っていると、正面から不思議な存在を発見した。よく見るとアザラシのようだ。だがそのアザラシは恐らく40度くらいはあるであろう温泉の湯にゆったりと入っている。
「過去にそういう演出をしているところがあるのを知っているが、あくまで水の中でやっていることに過ぎない。本来寒冷地域に住んでいるアザラシがなぜ温泉に!」

 まったく不思議であり得ないことが起こっているが、アザラシは間違いなく、今自分が入っている温泉と同じ湯船にいる。ただいるというだけでその距離は10メートルくらいはあるだろうか、リラックスしているアザラシは彼の世界に入っているようで、自分も周りも見えていない。

「ああ、ダメだ!」ここでふと自分は我に返った。久しぶりに良い温泉の湯に入り、リラックスしたからであろう。ありえないと思っていた現象。冷静に考えたとき、今自らが置かれている状況を思いだす。
「あれ、温泉はお嫌いでしたかな?」自分の横から話しかけてきたもの、それは目の前と同じアザラシ。いやアザラシに似ているがそうではない。この星の住民だ。しいて言えばアザラシ星人とでもいうべきか。

「あ、いえ、そうではありません。少し過去のことで」横にいるアザラシ星人に言い訳をする。アザラシ星人は口を開け「まあ、私たちにはわかりませんが、何かとご苦労なことです。あなたは宇宙から来られたのですからな」

 アザラシ星人が言うように、自分は遥か宇宙からこの星に来ている。自分はかつて地球という星にいた。自分が生きていた地球は宇宙開発も進み、民間人も宇宙旅行が楽しめる時代。十分安全にはなっていたが、そこは地球という星の中に守られていない、外の世界であることを人々はたまに忘れてしまう。
 一度事故が起こればとんでもないことになるということを。

「緊急事態です!突然発生した宇宙の気流に巻き込まれて操作できません」宇宙の気流......。長い間そのようなものが宇宙空間に存在するとは思われていなかった。だがあるときにその存在が初めて確認される。それに一度巻き込まれると、想像以上の力に巻き込まれ、運が悪ければ遥か彼方の宇宙空間に飛ばされることがあるという。

 ただ宇宙の気流はめったに発生しない。特に太陽系内では太陽風の影響で発生することは数十年に一度あるかないかだという。なのにこのとき運悪くそれが突然発生した。そのうえ運の悪さが重なり、一台の宇宙船が宇宙の気流に巻き込まれてしまう。この宇宙船は火星の観光から地球に戻る最中のこと。
「まさか、そんな!」「おい、待てよ!いったいどうなるんだ」「そうだ、高い金払って乗ったのに金返せ!!」
 宇宙船には150名の乗客が乗っていたが、みんなパニックになっている。 
 それを乗務員たちは必死に落ち着くようなだめていた。なだめたところで乗務員たちも想定外のこと、なすすべがない。

 自分はその乗客の中のひとりだった。地球で失恋しその悔しさを紛らわせようと、火星ツアーに参加。「宇宙空間という未知の世界、火星というものを生で見たら嫌なことも忘れられる」と思い参加した。実際に参加すると自分の予想通りで失恋のことは本当に小さく感じられ、ほぼ忘れようとしている最中の出来事だ。

「これも運命か」他の乗客よりも幾分冷静な自分がいる。それもそのはずだ、火星ツアーに行く前失恋のショックから命を絶とうと本気で考えたほど。だからここで命を落としても仕方がないと、やけに落ち着いていた。
 やがて宇宙船は気流に本格的に巻き込まれたのか激しく揺れる。しばらくすると停電となり、視界が見えなくなる。パニックになっている客たちの絶叫だけが延々と響く、やがてその絶叫も少しずつ聞こえなくなった。
 いつの間にか自分も意識を失っていたようだ。

ーーーーーー

「ここは」目が覚めたときには病院のようなところにいた。どうやら命は助かったようだ。だが嬉しそうな表情をした医者や看護師が自分の前に現れたが、彼らの姿を見て唖然となる。「あ、アザラシ!」
 そうアザラシが普通に服を着ているのだ。自分は一瞬頭がおかしくなったかと思ったが、そうではない。そればかりか彼らがしゃべっている言葉も、自然と理解できる。
「宇宙人様ようこそ、わが星へ」「え、宇宙人?」わけのわからないことを言われ、ますます混乱するが、しばらくすると別のアザラシが部屋に入ってくると、自分にとても優しい声で話しかけてくれる。どうやらカウンセラーのようだ。
 おかげで自分はようやく落ち着き状況がつかめた。宇宙気流に巻き込まれた宇宙船は太陽系や銀河系から離れ、遥か遠い星に流れ着いたらしい。宇宙船はこの星の大気圏に突入し不時着したが、発見されたとき自分以外の人間はすでに息絶えていたという。
 自分は唯一の生き残りとしてこの星の人から歓迎を受けた。

「余計なことをして怒らせると命がない」自分はそう思ったから彼らに極力従順に従った。実際に自分がいた地球のことをいろいろ話すと、恐らくこの星の宇宙開発者や科学者たちと思われるアザラシたちが興味深く話の内容をメモに取る。
「安心したまえ、わが星では星外生命体や宇宙人に危害を加えるような野蛮なことはしない。友好的に付き合おうじゃないか」

 ところで、自分とこのアザラシ星人たちとなぜ意思疎通ができるのか?やがて理由がわかった。彼らの文明は地球人よりさらに進んでいるらしく、自分が意識を失っている間に、体にマイクロチップを埋め込まれていた。
 そのためにどのような言語も瞬時に翻訳するのだという。勝手に訳の分からないものを体内に入れられたのは不本意だが、それを言ってもどうしようもない。それに自分もこのアザラシ星の人たちの言葉を瞬時に理解し、また発した言葉も翻訳されて無効に伝わるからその点では助かった。

「そろそろ、食事でもしましょうか」横にいるのは自分を管理するアザラシ。こちらがおとなしくしている以上は問題なく、フレンドリーに接してくれるから安心だ。
「ええ、何を食べさせてくれるのですか?」「海苔巻きです。あなたの星でも似たようなものがあるそうじゃないですか、それならきっと口に合いますよ」と、管理アザラシは口元を緩めている。自分は「そうですね」と一言いうと、作り笑いを浮かべた。

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シリーズ 日々掌編短編小説 942/1000

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