これからの家族のかたち 第1160話・5.5
「何?」恐る恐る声のするほうを見ようとするが、それはできない。自身に向けられる視線も日増しに強くなっている。だが残念ながらまっすぐに泳ぐことしかできない。
俺の名は「Oncorhynchus nerka」もっとわかりやすく言うと、ベニザケである。俺は海に住んでいた時にはごく普通の銀白色のボディであるが、いよいよ家族となるべき相手を見つけるときが近づくと、ボディの顔から下が紅色になるという特徴があった。
だが、色が変わることがこんなに恥ずかしいとは思わなかったのだ。
「うわさで聞いたがここまで色が変わるとは...…」
海からいよいよ家族を作るために故郷の川に戻るとき、体の変化に気づいた。そのことはベニザケ仲間では共有されていることで、これまでにイヤというほど言い聞かされている。
それは海の中で食べている物に含まれている色素なのだという。
といっても実際には海から淡水に戻ってからの話なので、海でその話を聞いた時にはいまいちピンとこなかったのだ。
「少し赤く変わるだけなら目立つけど、結構かっこいいかもな」とくらいしか思っておらず、むしろそうなるときを俺は楽しみにしていた。
こうして川に上ってしばらくしたが、少しずつ周りの魚の視線が気になりだす。「あれ、今までとは違うぞ」と俺は思ったが、当初は、海から川に上ったから周りの魚とは種類が違うからなのだと考えていたのだ。
海の中にいる魚と淡水にいる魚は確かに違う。おそらく海から来た俺に対して気にしているくらいにしか思っていなかった。
もちろんそれも多少はあるのかもしれない。だがそれだけではなかった。
なぜならば周りの魚の視線が異常なのだ。何やら不気味なものを見ているかのような一瞬だけ視線をこちらに送り、すぐに視線を伏せるうような感じ。「なんだよ、俺の体に何かついているのか?」
俺はそう思ったが、俺自身のボディを自分自身では見られない。だから俺の身に何が起こっているのか、わかっていなかった。
「気味悪いな。淡水の世界って俺が小さいときに過ごしたはずだったが、こんな感じだったかあ?」
俺は海水と淡水とでは世界観がこうも違うのかと思い、その視線を我慢していたが、それにしてもあまりにもひどいのだ。
「あ、仲間がいる!」しばらくすると俺にコンタクトを送るものがいた。俺はそのほうに向かって歩くと、ある魚体の影が見える。「あ、やっぱり同じベニザケ!」とおいらがコンタクトを返すと相手も嬉しそうだ。
「こ、これはどうも」おいらは異性の仲間を見つけることができたようで、とりあえず家族を作るためのひとつ目のミッションをクリアした気になった。
だが、その相手のボディが見えたとき俺は驚きのあまり体の動きが止まってしまう。「なんというボディだ!本当に赤いぜ!」その相手は顔の部分こそは銀色だが、エラから尾ひれに至るまでまさしく紅色に染まっていたのだ。
「な、なんだ、そ、その赤い体は!」思わず俺は相手にそういうと、相手は笑い出す。
「なに、なんで驚いているの?あなたのボディも赤いわよ」「え!」
俺は一瞬何を言われているの変わらなかった。だが目の前の異性と同じボディをしているのだという。
「そ、それで...…」俺はようやくその時に気づいた。なぜ周りの魚が驚いて視線を送ってくるのかを。
「ふしぎね。自分の体のことをわかっていないなんて」相手のベニザケはまた笑った。
「そ、そうか、どこかで自分の体を確認できないかなぁ」俺は正直まだ信じられずにいる。そんなに俺のボディが赤くなっているのだろうか?
こうなると自分の目で確かめたくなった。
相手はしばらく黙って戸惑っていたが、「あ、あそこなら」相手のベニザケはそう言って、上流に向かって動き出す。
「この位置なら見えるかもね」少し水深の浅い場所に案内される。「ほら、あのあたり」俺は言われるままに斜め上のほうを見ると、「おお、見事に!」水面から自らの赤いボディが見えたのだ。
相手のベニザケの話では全反射というものなのだそうで、その角度から見ると水面の上にある光ではなく、水中のものが反射して見えるのだという。
いったいそんな知識どこで得たのか俺にはわからないが、確かに俺の体、それも真っ赤に染まったボディが見えたのだ。
「おお、これが俺の体か」初めて見た自らの赤いボディ。確かに周りから見たら奇抜だし、思わず引いてしまうだろう。だが紛れもない俺の体、ベニザケがなぜそのように呼ばれているかその答えなのだ。
「でも、私たちってお似合いかも」そう言って相手のベニザケが、俺に体を近づけてきた。「ああ、そうだな。だったらお前の卵を俺の...…」
こうして俺は目の前のベニザケとペアとなる。そして次世代のベニザケを生み出すのだった。
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