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いい服を着て、いい肉を食べる。そして会話の内容は? 第676話・11.29

「太田君おまたせ!」木島優花はいつものように交際している太田健太と、いつものところで待ち合わせ時間ギリギリに合流した。しかし今日はいつもと違う。
 実は健太の誕生日。ということでいつもよりもリッチなディナーを楽しむことにした。だからふたりともいつもと違っていい服を着ている。健太はダークなジャケットを羽織っているし、優花はグリーンのワンピース姿。
「付き合い始めたころのデートみたいね」といつも以上にメイクも濃い優花が笑顔で健太を見つめると「まあな。でも別に今は倦怠期じゃないんだけどさ」と健太も優花を見つめる。ふたりは手をつないで、近くの予約した店に向かった。

「今日は、太田君の大好きなお肉を食べるのね」「おう、ありがとう。結構高い店じゃないのかここ」「いいの。その代わり私の誕生日のときはよろしくね」といつも以上に、愛情たっぷりのふたりは、高級焼肉店に入る。

「いらっしゃいませ」予約したふたりは個室に案内された。「やっぱり違うなあ、高級店は」「うん、でも今日はいい肉を心行くまで味わいましょ」ふたりはあらかじめコースを予約している。だから席について暫くすると、早速肉や野菜が運ばれてきた。肉については、高そうな器の上にまるで芸術作品のように丁寧に盛り付けられている。食材を持ってきたスタッフは、それぞれの肉について説明。健太は肉は好きであるが、別に牛肉の部位とか細かいことは知らない。それは優花も同じ。だからスタッフの説明に何度もうなづくが、内心意味がよくわかっていないようだ。
 それでも焼き方についての説明だけはしっかりと聞いた。どの肉がタレ、あるいはレモン塩で味わうのが適しているくらいは。

 説明を終えたスタッフが焼肉のコンロに火をつけた。金網のから中に炭が入っているのが分かる。点火するとあっという間に炭に火が付いた。さらに上のダクトも音を鳴らして動き出す。これでいつでも肉が焼ける体制だ。
「じゃあ焼くわね。太田君何からにする」「俺はなんでもいいよ。優花の好きなのから焼きな」「うん」
 優花はうなづくと、早速肉を金網に乗せる。すると炭火で十分に熱せられた金網の上に、体温よりもはるかに冷たく、そして水分が含まれた生肉をのせると、途端に反応した。水が蒸発するために激しく小刻みに聞こえる音。 
 そして煙が一瞬見えたが、それは金網の上で大きな口を開けているダクトに瞬時にして吸い込まれていった。

「うわあ、大変」肉はそれほど分厚くない。あっという間に生肉の赤いボディーが焼けて茶色に、さらに一部は黒っぽく焦げだした。
「少しずつ焼いたら。多少生でも端に置いたら余熱で焼ける」健太はそういいながら、箸で焼けた肉を火の中心から避ける。
 そしていい感じで焼けた肉を見つけると箸で取り出して、タレやレモン塩の取り皿に乗せた。

「うん、旨い」「おいしい」同時に食べたふたりは同時に声を出す。「やっぱり高い肉は違うな」「本当、無理してきて良かった」
 こうしてふたりは次々と肉を焼いては食べていく。もちろん途中で野菜も。そしてしばらくは無言の時間。


「なあ、優花」ある程度肉を食べ終えて、ペースが一息ついたところで健太が口を開く。「うん、どうしたの」
「来年はいよいよ就活だろ。バイトはしてるとはいえ」「うん、どうしたのの急に?」優花は口を動かしながら眼だけ健太の方を見る。
「いや、こういう高級なところ来たから、今の本業というか大学生としてこう、学問の話を......だな」
 途中から話が途切れかける健太。それを見た優花は嬉しそうに笑う。「いいわ。今日は太田君の誕生日だから太田君の好きな話題に付き合う」

「そうか、いや実は、ちょっと友達とある話題で盛り上がっているんだ」「ある話題?」「うん、パレスチナ問題について」「え!」優花は突然難しい国際的な話題になって目を見開いた。
「それって」「いや、議論とかじゃないよ。その知っているかなって」「いや、知っているわよもちろん。でも詳しくわからないし。イスラエルとパレスチナの関係は複雑だし、それにいろいろな立場とかがあるから......」

 優花はそこまで言うと顔をうつぶせになって黙り込む。健太はこのとき「やっちまった!」と後悔した。
「あ、ああゴメン。もうこの話止めよう。やっぱおいしい肉食べよう」健太はわざとテンションを揚げて肉の方に向かった。
「あ、そしたら太田君、私も学問の話していい」ここで優花は顔を上げる。「え?」今度は健太が驚いた。
「太田君、議会の話とか興味ある。明治時代の帝国議会開設とか」「あ、いや知っているよ。自由民権運動から大日本帝国憲法が発布されてだよな」
「うん、」「......」

 ここでふたりの会話が止まった。焼き肉が焼ける音だけが聞こえる。双方固まったまま、優花も「まずい」と頭の中で後悔していた。

「あ、肉が!」ようやく口を開いたのは健太。ふたりが固まったために、置いていた肉の一切れが完全に焦げて炭のようになってしまう。健太は焦げた肉を箸で取り出すと「もったいないから食べちゃえ」と自分のタレに入れる。「ダメ、太田君そんなの食べちゃ」とっさに優花が止めた。「やっぱダメ」「うん、体に良くないから」健太はあっさりと焦げた肉を食べるの諦める。

「あのさ、やっぱりこういう話、焼肉のときは無理だな」「うん、そう思う。肉焦がしちゃうし、無理に学問の話をしなくていいと思うわ」
「だよな、やっぱやめよう」「うん」結局気まずい空気が元に戻る。再びふたりは仲良く肉を食べるのだった。

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シリーズ 日々掌編短編小説 676/1000

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