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恋人の日に届いたもの

「ねえ、萌ちゃん。今日何の日か知ってる」蒲生久美子は同居人のパートナー伊豆萌に質問をする。「え、久美子さん。えっと今日は6月12日ですけど」
「知らないのね。実は恋人の日なの」久美子はあえてセクシーな声でつぶやく。「え、わ、私たちの日!」驚きの表情をする萌。久美子は嬉しそうに口元を緩めながら萌に接近する。そのまま萌の右手をつかんだ。「そうよ萌ちゃん。本当に素敵な日。だから今日はどうするの」
 優しい口調で耳元でささやく久美子。萌は力が抜けたようになり、そのまま久美子に体を寄せる。

「でも久美子さん、せっかくの恋人の日ですよね。もっと楽しいデートとかしたい」急に甘えた声で久美子を見つめる萌。
「え、萌ちゃん。もう。我がままね。そんな急に言われてもどこに行くの? 今日は雨が降ってるし。それに何があるのかしら」久美子は萌の髪を優しくなでる。なでられた萌は目をつぶり、本当に心地よさそうな表情。
 ふたりだけの世界がしばらく続いた。


「例えば映画とか見に行きません」はっきりと目を開いた萌がつぶやく。「映画、そうね。でも今日は何を上映しているのかしら?」

「それは、ちょっと調べてみます」萌は久美子から離れると、いきなりネットを操作し始める。
「うーん、どうもしっくりこない」近所の映画館で上映中の作品を確認してみるものの、萌の思っているものと違うらしく、どれもピリッと来ないのだ。
「萌ちゃんどうしたの?」「久美子さん、いい作品が見つかりません」

「そんな無理に見たいのなんて見つけなくてもいいじゃない。どうせ私たちは、映画の内容なんかよりも」久美子はそうセクシーな声でつぶやくと再び萌に近づく。そして彼女の背中を優しくなでる。
「く、久美子さん、あ!」萌は再び気持ちよさそうな表情に変わり、うっとりとしたまま目をつぶって久美子にもたれかかった。久美子は笑顔で萌の髪の一部を掬い取り、その髪を嬉しそうに眺めている。

 ところが、このふたりの世界を邪魔する存在が現れた。

「あ、チャイム。誰かしら」
「宅配です。蒲生さんのお宅はこちらで」

 久美子は浸りかけていた世界に水を差されたが、と同時にあることを思い出す。「そうだ、あれ買ったんだ」
 久美子は荷物を受け取ると「萌ちゃん、プロジェクター来たわよ」「え、何ですかそれ」
「あれ、言ってなかったかしら? プロジェクターのこと」萌は全く知らなかった。萌が見ると久美子は嬉しそうにパッケージを開けるとプロジェクターが姿を見せる。

「久美子さん、これ何に使うの?」「え、ホームシアターよ」
「ホームシアターって。家で映画が観れるという」
「そう、ほらあの壁見て」萌が久美子の指さしたほうを見る。すると白壁のある部分には何も飾られていない一角があった。
「あ、あそこが開いている。そこに映すの?」「そうよ、萌ちゃん。ちょうど映画とか言ってたじゃない。今から試しにホームシアターを見ましょうか」

ーーーーー
 こうして萌も途中から手伝う。ふたりは機械ものが決して得意ではない。そのうえこれは海外製品のためか、英語で説明が書いてある。
「イラストはあるけど英語翻訳するの大変」萌はアルファベットを見ながら頭をひねって単語を思い出す。「こういう時、もう少し真面目に英語勉強すればよかったわ」久美子はつらそうに、英語の説明書と睨めっこ。ところがこれはすぐに解決した。
「久美子さん、これ見てください。日本語訳の説明書見つけました」

 こうしてどうにかDVDプレーヤーに接続したプロジェクター。早速何を見ようかと思案。
「何がいいかしら」久美子はDVDを片っ端から探し出す。萌も横で何がいいか探した。
「私これ見たいです。久美子さんいいかしら」萌は嬉しそうに一枚のDVDを手にしている。「あ、それって」「そう私たちがこうやって恋人になって初めてふたりで見た作品です」
 萌が見たいというDVDは、あるアジア映画。東南アジアの景勝地を舞台にした100年位前の設定になっている映画で、主に女性の愛をテーマにした内容である。ただストーリーは、萌と久美子のふたりのような百合とかGLではない。それでもどこか共通した雰囲気がある。
 だからふたりは以前テレビ画面から悔いるように見た記憶があった。

「いいわ。それに決まりね。これをプロジェクターを通じて壁から見たらどう雰囲気が変わるのかしら」久美子は嬉しそうに白い歯を見せて、さっそくプレーヤーにDVDをセット。
 同時にプロジェクターの光が輝きだした。「萌ちゃん! 電気」「あ、はい」慌てて部屋の電気を消しに行く萌。するとモーター音を鳴らしたプロジェクターが光だす。そして画面が黒くなった壁にくっきりと浮かび上がった。
 ふたりは壁と対面するように置いてあるソファーに座る。そして作品がスタートした。

 しばらくふたりはシーンを見続ける。だが何度も見た内容のためか途中から、作品への集中度が下がった。公共の映画館でないというのも影響したのか、最初に口を開いたのは萌。
「久美子さん、ホームシアターっていいですね。こうだれの目も気にせずに」萌はそういうと久美子に体を寄せる。そして久美子の手を握った。すると久美子も嬉しそうに萌を見ると手を握り返す。
「そうよ、私たちの存在はだれにも邪魔させない。でもホームシアターなら私たちの他に誰もいないの。何も気にする必要ないわ。例えばこうやって」
 そういって久美子は萌の頬にキスをした。
「あ、く。久美子さん、ちょっと、私、内容に集中できません......で、でも」萌はそのまま久美子に体を塗り付けるように密着させる。そしてお互い目を合わせて。

 こうして購入したプロジェクターで視聴した初めての作品。だが結局ふたりは、途中から内容をほとんど覚えていなかった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 507/1000

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