Culture Day 第650話・11.3
「Culture Dayだなあ」「なに、洋平急に英語なんか言って」鶴岡春香は、スマホを眺めながら突然英語を語る酒田洋平に突っ込む。
「ああ、文化の日を英語で言っただけだ。別に意味はない」「なんだ、カッコつけてただけね。そうか文化の日。勤労感謝の日に引っ越しするから、ここで祝日をゆっくり過ごすのは今日が最後ね」
春香は部屋を見渡す。3月までは、このタイミングでここを離れるとは思っていたかった。4月1日に宝くじの高額当選するまでは。
「エイプリルフールのようなことが本当に起こったからなあ。ほぼ完成した新しい家に移るのは楽しみだ」洋平もスマホから部屋を見渡した。ここは元々春香が借りた部屋で、途中から洋平が転がり込んできたところ。
宝くじの高額当選のほとんどは、そのまま貯金をしてふたりとも従来と変わらない仕事生活をしていた。唯一の贅沢が『あたらしい家を建てよう』である。
「そうだ、この部屋の思い出になることをしないか」突然洋平は何かを思い出した。「思い出?」
「そう、ここに住んでいた思い出に何か残したい。例えば、今日はCulture Day」「ああ、文化の日ね。何で英語なの?」春香のあきれた視線。
「別にいいじゃないか、だからこの部屋に文化的な何かを残そう。壁に絵を描くとか」だが春香のあきれた表情は変わらない。「あの、わかるけど、洋平それは無理よ」
「なんで、無理っていうんだ」洋平の顔が険しくなる。
「だって、ここ賃貸よ。引っ越すときには入居時のときのように原状回復しないといけないの。だから余計な事したら退去時に費用がかかるわ」
ここで春香は軽く水を飲む。「それに、いくらお金に困っていないからって、あと20日ばかりの短期間よ。そのために今まできれいに使っていた部屋を汚してどうするの」
「うーん、確かに部屋に何かはできないなあ。新しいところは自分たちの物だから何をしてもいいんだろうけど」洋平は腕を組む。
「だったらさ、持ち運びできるものを創作したらいいんじゃない」「持ち運び、うんそれなら引っ越し先でも持っていけば、ここでの思い出が残るな」洋平は満足げな表情。「でも何するんだ」「う、そこが問題ね」
ふたりはしばらく黙ったまま。お互いのスマホとにらめっこしながら、ヒントになるものがないか探す。
「やっぱり、あれかな」先に口を開いたのは洋平。視線は窓の外を見ている。「え?」「あの木の絵をかかないか。秋らしいし」春香も窓を見た。ふたりの部屋からは木が数本見える。実はこの木の正体は桜。だから春は部屋にいながら花見ができるという素晴らしい立地であった。
そして今は花ではなく、葉が赤く染まっている。
「桜の紅葉、いいわね。モミジとかカエデだとありきたりだけど、サクラの紅葉もいいわ。秋の木というか葉もずいぶん落ちてるあたりも」
「決まりだな。あの木の絵を書こう。窓から見える風景を残しておけば、いつもこの部屋の思い出がよみがえる」
そういうと洋平は立ち上がった。「じゃあ道具買いに行こう」春香も立ち上がる。
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「ねえ、油絵なんて描いたことがあるの?」「ない、でもやってみる」ふたりが近くの画材屋から道具を買ってきた。洋平は油絵に挑戦するという。「でも、春香がそっちにしてくれたから、同じ絵でも違うものになって楽しいんじゃないか」対して春香は水彩画に挑戦。こうして暗くなる前に描かないといけなと、急いで家に戻る。
ちょうど家の前に立っている木の前に来た。ここで春香は立ち止まる。「おい、どうした」「うん」春香はしゃがみ込むと何かを探していた。「これがきれいね」と手を伸ばして取り出したのは、一枚の落ち葉。
「落ち葉?それを描くのか」「そう、いきなりだと失敗しそうだから、まずはこの落ち葉を描いて慣れてみようなって」
「練習用か、よし俺も最初はそれを描こうかな」「じゃあ急がないと、Culture Dayが終わっちゃう。日が暮れるのが早いから」そう言って落ち葉を手に立ち上がった春香。ふたりはすぐ目の前の家に急いだ。
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