見出し画像

令和の弥次喜多道中 その11「箱根周遊」

前回まで 1 2  4 5 6 7 8 9 10

こまでのあらすじ
2020年の春、仕事を失い途方に暮れていた喜多達也。突然異世界に巻き込まれ「モトジメ」と名乗る謎の存在から、1年前の2019年に転送され、同時に江戸時代から転送される弥次郎と旅をすることを告げられる。

そして2019年の令和初日に、東京日本橋で江戸時代から転送された弥次郎と会う。「元締め」から半年間この時代の事を教えてもらったという弥次郎と共に、令和の弥次喜多道中がスタート。東京から蒲田、川崎大師と横浜、そのあとは鎌倉、江の島そして小田原までやって来た。

 喜多達也と弥次郎のふたりは、小田原市内を見学した後、箱根湯本で一泊した。そしてこの日は箱根の山を越えて芦ノ湖、そして箱根関所まで目指す予定である。
「この箱根登山鉄道で強羅駅まで行き、そこからケーブルカーとロープウェイか。いろいろ乗らないといけないな」喜多はスマホを片手にルートを確認している。その横で車窓からの眺めを楽しそうに眺めているのは弥次郎。
「喜多さんよ。おいらのいた時代には、箱根って言えば厳しいイメージしかなかったけどな。山は険しいし関所もあったしよ。それが今ではこの鉄の籠で勝手に山登ってくれんだから、風景見ているだけで楽しくてしょうがねえや」「そうか、弥次さんのいた、江戸時代の箱根には関所かぁ。弥次さん、入り鉄砲に出女ですね」
「ん?ああ、いやそれよりも昨夜の温泉の湯が温まって良かった。いやぁ。ここはいい時代だねぇ」

 登山鉄道はあっという間に強羅の駅に到着。ふたりはそのままケーブルカーに乗った。「こりゃ急な形をした籠だな。斜めになってねぇか?」「弥次さん勾配がそれだけ急な場所ではこういう乗り物なんだ。ケーブルという大きな紐で引っ張るように動かすみたいだよ」
 ケーブルカーはあっという間に終着の早雲山駅に到着した。「弥次さん、次はもっとすごいよ。ロープウェイ」「え?今のも結構すごいと思ったけどよ。まだすげえのがあるのか?」
 驚きの表情をする弥次。喜多は得意げに、ロープウェイの説明をする。「次は上からロープに吊り下げられて、箱が空中を動くんだ」「ええ、空中!まるで鳥じゃねえか」
「まあ乗ってみて」喜多に誘導されるように弥次郎がゴンドラに乗り、その後から喜多が乗る。「何か揺れてねえか」「うん、今までなら下に車輪があったけど、これにはないから」弥次郎の表情が徐々に硬くなり、不安に満ちている。

 ロープウェイは動き出した。すぐに絶景が広がり、はるか下に山の緑色の木々を見おろす。「なんか気持ちわりいなこれ」「だってロープ2本でぶら下がっているだけだから、ロープがもし切れたら、ガゴーン!」
 喜多は怯える弥次郎を面白がってわざと怖い表情で脅す。「おい、止めろ、何脅しててやがる。でも怖ええなあ」途中から怖くなったのか、弥次郎は目を手でふさいで窓を見なくなった。
「弥次さん降りるよ」「お、おうう、わ・わかった」ふたりは大涌谷で降りる。 

「おお、これが箱根の火山かあ」喜多も始めてきた箱根大涌谷。火山のため草木が生えない裸の山肌が広がっていた。緑の代りに見えるのは白い蒸気。続けざまに湧き起っている。「こりゃなんだ。クセえなあ。卵が腐ったみたいだ」
「硫黄の匂いか。どうしようか、やっぱり食べない方が良いかな」「ん?喜多さん何食べようと思ってたんだ」
 食べ物のこととなると急に乗り気になる弥次郎。「ああ、あれ」と喜多が指差したところには、卵の形をした黒いモニュメントで白い字に「大涌谷」と書いてある。「ん?玉子かよ」「うん。ここの名物は黒卵。食べる?」「もちろん。喰いもんと聞いちゃあ黙ってられねえや、多少玉子臭せえのも我慢するぜ」

 ということで、黒卵を早速購入。「黒タマゴ」と書かれた袋から中身を取り出すと本当に真っ黒の卵が入っていた。「確か殻をむくと普通のゆでたまごのはず」そう言って喜多は黒卵の殻をめくる。しかし出来立てのためか、熱い。ときおり熱くなった手の指を耳たぶに置いて冷ました。弥次郎も挑戦しているが「あちいなこれ」と独り言をつぶやいている。しかし殻が剥けるたびに、艶のあるゆでたまごの白いボディが見えてきた。 
 全ての殻をむき終えた白い卵。早速口に運ぶ。口に近づくとわずかながら硫黄のアロマが鼻を通じた。そのまま口を開けて一口食べてみる。口当たりは、良くある固ゆでのゆでたまごと同じ食感だが、硫黄の匂いが口の中ではっきりとしたフレーバーを感じ取った。しかしこの臭いフレーバーが玉子に旨みをより強調しているような気がしてならない。「旨い!」
 何度か歯を使って砕いた卵の破片は、そのまま口の奥から喉に伝わった。

「これ意外に行けんじゃねえか」弥次郎も満足そうに、ふたつ目の玉子に手を出していた。そしてふたりはあっという間に卵を全部平らげた。
「さて、山を降りましょう。次は芦ノ湖という湖の所に」「そうかい、おいらは、喜多さんについていくしかできねえから任せるぜ」

 喜多と弥次郎は再びロープウェイに乗り込む。相変わらず弥次郎は車窓の風景を怖がって見ない。喜多は「勿体ないなぁ」とつぶやきながら、ひとりロープウェイから広がる箱根の絶景を楽しんだ。
 やがてロープウェイは姥子駅を経由し、ついに芦ノ湖のほとりにある桃源台の駅に到着した。
「弥次さんもう大丈夫。ここからは船で移動だ」「終わったかい。やっぱ空の上にいるっておいらは駄目だな。鳥じゃねえんだから。しかし喜多さん平気で凄いな」
 喜多は子供のころに何度か両親らに連れて行ってもらった、遊園地や山の上で乗った観覧車やロープウェイの体験。実はすごい良い経験になっているのではと感じた。あの弥次郎があんなに恐れるとは。確かに羽根の無い人間があの場所、あの光景を見ることなんか普通は無い。
「弥次郎さん飛行機には絶対乗れないだろうなあ」

 ロープウェイ乗り場と同じ建物内に、海賊船乗り場がある「今から海賊船で湖を航行するよ」「か、海賊? なんで賊と一緒に船に乗るんだ。そんなことしちゃ身ぐるみはがされるぜ」「弥次さん、海賊船て名前だけで、中に賊なんていないから」
「そうか、変な名前つけるなあ。賊の名前なんか付けて」
 箱根での弥次郎は今までと違って感情の起伏。特に恐怖心が強そうだ。喜多はその点余裕の表情。
「個人的には湖なのに海賊船というのがどうかな」と頭の中でつっぶやく。
 そんなことは周りには無関係。ふたり同様に箱根観光に来た人たちと同様に、赤と白が交互に塗装されたボティをしている大型の遊覧船に乗り込んだ。

 船はゆっくりと出発。芦ノ湖を縦断の船旅が始まった。
「弥次郎さん、湖からの風景綺麗だよ」「おう、これなら安心だ」と弥次郎もようやく余裕の表情になり、湖上の風景を楽しむ。それから10分ほどは静かな時間が続く。

 しばらく静かに芦ノ湖の風景を楽しんでいたが、突然弥次郎が口を開いた。「おい、喜多さんよ。歌が思いついたぜ」「え、本当に?せっかくだから聞かせて」「おう!」

 箱根越え 空を飛んだり 賊の船 怖がるおいらを 笑う隣人

「う、ワハハハ。何それ隣人って僕のこと」「ああ、他にいねえじゃねえか。さ、次は喜多さんの番だぜ」「え、もうひとりでやればいいのに、何で巻き込むんだ」喜多は不快に両目を閉じて渋い顔をする。そのまましばらく考え込む。

 5分後「よし、いきましょう」と喜多。「お、待ってました!」と嬉しそうな弥次郎。

 箱根越え 硫黄が香る黒卵 余韻を残しつ 湖上の富士よ

「富士、お! あれだ!確かに見えるぞ」と弥次郎が指差した方向には富士の勇壮な山肌が見える。
「弥次さん、今度は鳥居だよ」「おお、大きいなあ」次に遊覧船は、箱根神社の赤い大鳥居の前を通った。地図上の情報が間違いなければ、遊覧船のゴール地点はもうすぐ近く。

 こうして遊覧船の旅を終えたふたり。「弥次さん、この後箱根関所に行くよ」と笑顔で説明する喜多。ところが「せ、関所か」と弥次郎は顔色が変わっている。「弥次さん船酔いした?大丈夫」
「あ、船は問題ねえ、ただおいら通行手形持ってねえけど、関所無事通過できるかな」
 それを聞いた喜多は、笑いをこらえるのに必死であった。


※こちらの企画、現在募集しています。
(エントリー不要!飛び入り大歓迎!! 10/10まで)

こちらは66日目です。

#小説 #連載小説 #弥次喜多道中 #東海道中膝栗毛 #パラレルワールド #旅 #旅行 #箱根 #100日間連続投稿マラソン #大涌谷 #芦ノ湖 #箱根関所

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集