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なぜあなたの部下は報連相してくれないのか?

私が仕事で大切にしていたチーム作りの価値観が、実はGoogleでも推奨してる心理学用語で、だったという話です。

私は元々スーパーマーケットのベーカリー部門で働いていて、以前ブログでこんな記事を書きました。

人間関係に悩むまえにやる!パートさんの部下をもつ社員がやるべき8つのこと

記事の内容をおおまかにいうと、パートさんとの信頼関係を作ることが仕事をしていく上で1番土台の部分ですよというものです。

現場ではとにかく売上がほしい!と価格設定、商品構成、量目…等の対策をしますが、私はまず土台であるチーム力がなかったら売上は作れないと思っています。

特にスーパーマーケットは働いている人の年齢層が広いため、チームで働くことについて現場で学ぶことが多かったです。
そのためにパートさんと信頼関係をつくり、チームプレーに反映させていく…その経験を言語化したのがこの記事で、私の仕事の基礎や価値観です。

実際にこのことに取り組んでからは、昨対135%をこえ、翌年もそこから更に2%の売上UP共に荒利益UPに貢献しました。
私はこの理論を「好循環」と呼んでいました。

心理的安全性とは

さて、その好循環ですが、先日研修を受けていたところ、心理的安全性という心理学用語だったことがわかりました。
組織行動学を研究するエドモンドソン氏が1999年に提唱しており、職場でいう自分の意見を安心して出せる状態のことをいうのだそうです。

なんと、2012年にGoogle社においてもチームのパフォーマンスを向上させるためには心理的安全性を高めることだと発表していました。

<心理的安全性が高い職場>
①話しかけやすい
②助け合いができる、助けを求めやすい
③アイディアが出て挑戦できる
④お互いを認め合える

つまり
情報共有のしやすい職場になり、良いことも悪いことも報告してもらえる

問題や意見に対応し、個々のパフォーマンスが向上し、モチベーションも上がる=チームとしての力が最大限発揮できる

売上があがる

繰り返し

まさか自分が大切にしていたものが、Google社でも取り入れられているものだったことに驚きです。

心理的安全性を反面教師で学ぶ

そもそも私がこういったことを大切にするようになったのは、高校の部活での反面教師の経験にあると思います。

平成のまだ暴力がギリギリ許されていたような時代でした。
ソフト部の顧問は、プレー中にミスをすると部員を罵倒したり、殴ったり蹴るのです。

容赦なく顔にもくるので、メガホンで叩かれてた時はプラスチックの飛び出たトゲで、ワンピースのシャンクスのような傷が顔につきましたし、鼻を骨折してる時も、容赦なく顔を殴られて「ミシッ」とした音が聞こえました。

これが10代の女子高生が大人から受ける指導だったのです。

顧問の発言についても、今思い返しても問題が多かったです。
プレー中に骨折をして泣いた部員に対しては、「何泣いてんだ!親もでてきてみっともない。」というようなことを言ったり

私がプレー中に足首の靱帯を痛めて足を引きずって歩いてボールを追いかけた時も
「走るのを辞めるな!根性がないな。〇〇高校のAはみぞおちに打球を受けても送球して、その後に倒れた。」などと言うような人でした。

さて、毎度このような状態で心理的安全性はあるのでしょうか?
チームとして信頼関係が築けるでしょうか?
自分たちの力が出せるでしょうか?

心理的安全性などあるわけがありません。
勝つことよりも殴られないこと=ミスをしないことを考えてしまうので、ものすごく邪魔なプレッシャーだと感じていました。
また、チームもミスをして機嫌を損ねたくはないので、仲間を責めることもしばしばだったので良いチームとは言えなかったと思います。

ミスを怒るということは、プレッシャーに強くなるための行為ともとれますが、怒られる側は頭が真っ白になるため、何を指摘されているのかわからなくなるので良いことは1つもないです。

個々の能力が高かったのにも関わらず、私たちが県大会2位止まりだったのは、私たちがミスをしないことと戦ってる間に、ライバルは着々と全国制覇にむけて戦っていたことが大きいと感じています。

罵声と暴力を受け続けたことが、どれほど成果・成長に直結してしまうのかを身をもって経験した私は、社会人になってからは怒ることや責めることをせずに、相手を認めて1人1人が働きやすく、個々の能力が発揮できる職場を目指しました。

適応障害の引き金は心理的安全性のなさ

私は昨年、スーパーからWeb業務へ転職しましたが、それからたった1年で適応障害になりました。

今回の心理的安全性についての研修を受ける中で、当時の私の職場環境に心理的安全性が無かったことに気付きました。

心理的安全性のない職場に当てはまる不安4つと私の職場環境が見事に一致したのです。

<心理的安全性のない職場にあてはまる不安4つ>

①無知だと思われたらどうしよう
②無能だと思われたらどうしよう
③邪魔になってないだろうか?
③ネガティブだと思われたらどうしよう

経験を元に説明すると


未経験職・初オフィスワークに就いたことで、年齢の割に知らない事が多かったのですが、「こんなこともわからないの?」「30半ばなんだから…」「その言い回しはおかしい」と、何を言っても否定から入られてしまう。

②いつまでたっても仕事ができないことで、「それって難しい?」「いつになったらできるの?」「どうしたらできるの?」と無能だと思われるのが怖くなってしまった。


①、②によって自分のことを部署のお荷物だと思うようになってしまった。

初期段階で、報告は「手が止まるから話しかける時は緊急性の高いものだけにして」と言われてしまった。
相談しても「私はその会議に興味がない」と言われてしまった…など。

④思った事があっても否定されるのが怖くて、喋れなくなってしまった。

何をしても否定されてしまうことで、仕事の報告連絡相談をすることも自分の意見を言うことも、何もかもが怖くて言葉1つ1つ正確に話そうとすることで逆に話すことができなくなってしまったのです。

上司の性格や立場を考えれば、真っ当なことを言ってるのかもしれませんが、私にとって心理的安全性のある環境とは言えませんでした。

部下は正論ではなく話を聞いてほしい

ではどうしたら信頼関係を築く事ができるのか?

適応障害になった私が身に染みて感じていることは正論ではなく話を聞いてほしい。ということです。
ここでいう話を聞いてほしいというのは単純に文字通り会話をすることではなく

①敬意を持って接すること
②相手の前提を理解すること
③意見を否定せずに一旦飲み込むこと

を言います。

私で例を挙げると、前提とは転職後の仕事は未経験であったという部分。現場からオフィスワークに変わるということはこれまでとは違う考え方をもっていたり、知らないことも多いということです。
その中で常に最善だと思って行動しているため、全て否定から入られてしまうと行き場がなくなってしまうのです。
そこに「どうしてできないの?」と否定されることは過去に積み上げてきた自分の人生まで否定されている気持ちになるのです。
これは決して大袈裟なことではありません。

その人自身やその人がこれまで積み上げてきたものに対して敬意を持つことが大切だと感じています。

よく会話はキャッチボールだといいますが、部下が言ったことに対して正論だけで返すのはキャッチボールではなくてバットで打ち返されている状態だと思います。

このような状態では、報告連絡相談は非常にやりにくいということです。

心理的安全性のある環境は良いチームを作る

これらのことから仕事をする上で、自分の意見を否定せずに受け止めてもらえる環境は職場環境の基礎の基礎だといえます。

・部下から報告連絡相談がない
・意見を言ってもらえない
・発言が少ない
・アイディアが乏しい
・負の気持ちを溜め込んで辞めてしまう

これらのことで思い当たることはあるでしょうか?
この記事のタイトルを「なぜ部下は報連相してくれないのか?」というタイトルにしましたが、心理的安全性はその原因の1つだと思いました。

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ゆっきー
執筆のおやつにヤングドーナツをたべます🍩🍩🍩