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~お気に入りの理由~第9回ゆる読書会レポート
僕のお気に入りのお店、ブックバー・月に開く。
詩人・萩原朔太郎の作品に影響を受けたオーナーが開店したカフェバーだ。
僕はこのお店に週一で通い、男前な女性詩人のマスターや、たまたま隣り合わせたお客さんとコーヒーを片手に他愛のない会話を楽しんでいる。
また、僕はこの場所で2ヶ月に1回のペースで読書会もやらせてもらっている。
僕がお気に入りである理由のひとつに、本棚の存在がある。
白を基調とした店内に設置されている、天井まで届くほどの大きな本棚。
そこには、誰でも一度は目にしたことのあるようなベストセラー小説や、思わず目を引くキャッチ―なタイトルのエッセイ、アルファベットとカタカナをキチっと着こなしたビジネス書、懐かしさと癒しを与えてくれる絵本など、およそ1000冊を超える本たちが収められている。
その佇まいは、書店や図書館の本とは違った味わい深い雰囲気を醸し出しており、白い壁に無数の文字や絵がならぶさまは、まるで雑誌の1ページのようにもみえる。
僕は、この本棚を活かした読書会ができないものかと考えていた。
そんなとき、とある読書イベントで『本を読まない読書会』という読書会の存在を知り、この形式を参考に読書会をやってみようと思いたった。
題して『名文採集』
その概要は以下のとおり。
1. 【選書】本棚から本を選ぶ(何冊でもOK)。
2. 【読書】40分間の読書。このとき自分が「これは名文だ!」と思った一節をメモにとる。メモは他の参加者には見えないように記入。
3. 【推理】本をあてるクイズ。バーのマスターにも協力を要請。メモはマスターに渡し、本は机に並べる。マスターがメモを朗読し、いったいどの本の一節なのかを各自推理する。
4. 【緩談】クイズの答え合わせをしたのち、なぜその一節を選んだのか各自発表。その後、お互いに感想をゆるりと語り合う。
「本棚に眠る偶然性から、何か面白いことが起きるかもしれない」
そんな期待を抱き、僕は企画を実行にうつした。
《熊のような男》
そして、迎えた当日。
今回の参加者は、全部で3名。
たおやかな雰囲気の御婦人で毎回読書会に参加してくださるヤヨイさん、キリっとしたメガネが利発さを象徴している30才会社員のニイノミさん、「なんだか、おもしろそう」と急遽参加してくれた初々しい笑顔が印象的なハタチのクルミさん。
全員女性の方だ。
お互いに簡単な自己紹介を済ませたあと、まずは選書と読書をしてもらう。淡々とした表情で本棚を見つめ、手に取った本を黙々と読む参加者さんたち。
予想していた以上に、みなさん真剣だ。
沈黙と静謐が空間を満たし、静まり返る店内。
当然といえば当然の状態なのだが、『無言=盛り上げなければ』という条件反射に抗えない僕。
「いかん、盛り上げなきゃ。あっ、でも読書中だし、しゃべらないのはあたりまえか。でもこの空気は…」とグルグルと思考を巡らせてみたものの、結局どうしていいかわからず、主催者なのに動物園の熊のようにウロウロと店内を歩き回ってしまう始末。
そんな僕を見かねてか、あたかも『アライさん、落ち着いてください(笑)』と言っているかのような優しげな視線を、キュッキュッとコーヒーカップを磨きながら僕に送るマスター。
そのおかげで我に返った僕は、『とりあえず、本を読もう』と静かに席についた。
主催者だって、参加者なのだと気づかされた。
【緩談と書いて、ゆるトークと読む】
選ばれた本は「サイコパス」「月の上の観覧車」「グスコーブドリの伝記」「ゲーテ格言集」
最初は『サイコパス』
普段テレビや職場、街中で見聞きする心無い他人の言動に、心が痛むというヤヨイさん。
自分には理解できない、それらの言動の意味を知るヒントになればと手に取ったとのこと。
次に『月の上の観覧車』
趣味で小説を書いているというニイノミさん。
現在、擬人化した金魚を主人公とした小説を執筆中の彼女。
短編集である本作に収められている『金魚』という短編に「これは運命の出会いか!」目が奪われたそうだ。
最後に『グスコーブドリの伝記』
宮沢賢治の作品が、大好きだというクルミさん。
以前読んだことがあると思いきや、初めて目にした作品だったそうだ。
改めて宮沢賢治の世界観のすばらしさを実感したという。
また、本作品における詩と絵の相性が抜群だと、彼女は力説していた。
ちなみに、僕は『ゲーテ格言集』を選んだ。
理由は、すでに一節を抜き出してまとめられた格言集であれば、作品の文脈を読み取らなくても簡単に名文を選び出せると思ったから。
われながら短絡的な理由で、今思うと恥ずかしい。
《読むもの?眺めるもの?》
そして、クイズへと進む。
お店オリジナルのカードに書かれた各々が見つけ出した一節を、情感たっぷりに読み上げるマスター。
机上に並べられる本たち。
大きな本棚に見降ろされ、一節を聴き、表紙を眺めながら作品の内容を推理する。
探求心と想像力が入り混じって、なんとも言えない高揚感が体内を満たしていく。
5分後、全員の推理が出そろったところで答え合わせ。
答え合わせと同時に、その一節を選んだ理由を各々語ってもらう。
語られた内容から受ける「なるほど!」という納得感と「えっ!」という意外性。
それがキッカケとなり、まるで満たされた高揚感が一気に噴き出したように、わいわいと盛り上がる会話。
話題は作品の内容についてのみならず、本そのものの魅力についてもおよんだ。
「作中の言葉も素敵なんですけど、文字のカタチとか配置にも心惹かれるんですよね。余白と行間が絶妙なバランスだと、清々しい気持ちになります」とメガネをクイっと上げてニイノミさんが言う。
それに対して「あっ、それわかる!わたしは、ひらがなが多めの文が好きかなぁ。パッと見たときの白っぽいイメージに、なんだか癒されるというか。逆に漢字が多すぎると、黒っていうイメージが強すぎて重たく感じちゃうんですよねぇ」と柔らかに語るクルミさん。
そして、「パッと見といえば、私は裏表紙のあらすじを読むのが好きです。裏表紙で読むか読まないかを決めることもありますし、眺めるだけでも楽しいものですよ。私にとって、裏表紙が本の主役かも(笑)」と慈しみ深い祖母のようなまなざしで微笑むヤヨイさん。
彼女たちの話しを聞いていて、僕は思った。
こんな楽しみ方もあるのかと。
今まで僕は、知識を得ること、活かすこと、分かち合うことが本の楽しみ方だと思っていた。
けれど、まるで絵画でも見るような楽しみ方も本はできるのだ。
自分が今まで見えていなかった本の楽しみ方を知れて、僕は思わず小躍りしたくなるほど嬉しかった。
と同時に、僕は今まで知らないことを知り、見えないものを感じたときに幸福を感じるのではないかと思った。
そう考えると、僕がこの場所にいる理由は、店内にある本一冊一冊に宿った魂がつくる、見えない1ページに惹かれているからとも言えるのではないか。
さらに言えば、もしかしたら自分は今まで、読書会をとおしてこの場所に見えない1ページを描きたかったのかもしれない。
《見えない影響》
読書会を開催したのは3月13日。
この文章を書いている4月19日は、外出を自粛しなければならない状況だ。
正直、見えない不安に心が荒んでしまうこともある。
しかし、見えない何かに心が癒されることもあるのだと、今、強く思う。
そう、ブックバー月に開くの雑誌のような店内には、僕を癒してくれる見えない1ページがあるのだ。
今は以前のように通うことができなくなってしまった、ブックバー・月に開く。
世が落ち着いたそのときは、ゆっくりと腰を据えて、見えないページを眺めに店を訪れたい。
次回、第10回読書会の開催依頼も含めて…。