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林公一『統合失調症 患者・家族を支えた実例集』要点と注意点

林公一『統合失調症 患者・家族を支えた実例集』は、統合失調症の症状・経過・治療について平易な言葉でわかりやすく説明した一冊です。

豊富な症例が紹介されており、予備知識がまったくない人でも統合失調症の概略を理解できるように書かれています。

ひとつひとつの症例に関する立ち入った専門的な考察はありませんが、そのぶん統合失調症の大まかなイメージを掴みたい人にとって読みやすい本になっています。

この記事では、林公一『統合失調症 患者・家族を支えた実例集』の要点をまとめたうえで、本書を手に取る際の注意点を挙げておきます。

要点1.統合失調症の概要

本書で述べられている統合失調症の概要は次のようなものです。

・100人に1人が罹患する脳の病気
・前駆期、急性期、消耗期、回復期がある
・幻聴や被害妄想といった症状が特徴
・適切な治療を受ければ症状は抑えられる
・ただし、治療を中断すると再発のおそれがある

統合失調症は適切な治療を受ければ回復するため、疑わしい症状がある場合には早期の受診が勧められています。

要点2.統合失調症の治療について

統合失調症の治療に関する著書の見解は次のようになっています。

・早期発見・早期治療が重要
・脳の病気のため薬物治療が不可欠
・服薬に伴ってある程度の副作用が出ることは主症状軽減のためにやむをえない
・患者や家族の判断で薬をやめてはいけない

治療を怠った結果、悲劇的な経過をたどった症例が紹介され、治療の重要性が繰り返されます。

本書を読む際の注意点

本書の見解は、臨床精神医学においてはある程度オーソドックスなものです。ただし、わかりやすさに重点が置いてあるため、かなり情報が割愛されている点には注意が必要です。

たとえば、本書には被害妄想的な色調を帯びた主張があればほぼ確実に統合失調症だろうといった論調が見受けられます。しかし、現実には必ずしも幻聴や被害妄想といった症状によってうつ病など他の精神疾患と統合失調症の鑑別が正確にできるわけではありません。(だからこそDSMに代表される操作的診断が臨床現場で要請されたわけであり、現在では広く普及した操作的診断に基づいて施される治療が患者の困難を解決するうえで本当に役立っているのかという問題が、操作的診断の実用性や「正確さ」(操作的診断は「正確さ」という概念とは無縁の診断方法といえるでしょうがそれはそれとして)とは別の次元で考察されるべきであるわけですが……とにかく本書はそのような「思弁的」考察とは無縁の立場から書かれています。)

また本書では、多数の症例が次のような単純な図式で整理されています。
・早期の薬物治療→良好な経過
・受診の遅れや治療の中断→取り返しのつかない人格荒廃
こうした自己責任論的で無神経な図式化は、統合失調症の治療経過をただ単純化しているだけでなく、精神医療をめぐるさまざまな問題(差別、薬剤の大量処方、患者の意思の軽視……)の隠蔽に加担してしまっている感すらあります。

さらに本書では、統合失調症の初期症状が見られた場合には速やかに薬物療法を受けることが推奨されていますが、「初期統合失調症」や「アットリスク精神状態」などの概念に代表される、予防に力点を置いた治療には過剰診断や薬剤の副作用による弊害といった観点から批判も多くあるという事実は語り落とされています。

そもそも非常に重要な点ですが、本書の前提となっているような、統合失調症を脳の異常に還元するという立場は絶対的なものではありません。精神障害が脳の機能と関係しているという事実、統合失調症に対して薬物療法が効果的であるという事実を基に、統合失調症を脳の異常に還元してしまうことはできませんし、効果があることが事実と見なされている薬物療法も決して万能でもありません。

誤解のないよう明記しておきますが、統合失調症を脳の異常に還元する立場に警戒心を持つということは、薬物治療の効果を否定することを意味しません。統合失調症の症状に薬物が有効に作用するケースは多くありますし、再発防止のために服薬の継続が重要だという主張も現在のところ科学的に裏付けられたものと言えそうです。ただし、薬物療法の効果を強調し、服薬中断を断罪するような論調が図らずも、患者の直面しているさまざまな困難を軽視する結果を招いていないかという点については慎重に検討する必要があると思われます。

結論

林公一『統合失調症 患者・家族を支えた実例集』は、まったく知識のない読者でも豊富な症例を通じて統合失調症の概要を理解できるようになる一冊です。病気に関する具体的な知識を紹介する本書は、症状を抱えた人やその家族に精神科受診を促すという啓蒙的な使命感を持って書かれています。

ただし、わかりやすさの反面、統合失調症に関する多様な立場や精神医療の問題点、薬物療法偏重の弊害などについて触れられていないという欠点があります。(念のため付け加えておけば、薬物療法偏重を批判するということは必ずしも薬物療法の効果に疑義を呈するということではなく、患者の生活や人生の総体に対して薬がどのような役割を果たすのかを多角的に検討する観点の欠如を批判するということです。)

そのため、記述のすべてを鵜呑みにすることはせず、本書はあくまで統合失調症の典型的な症状や経過に関する一般的な知識を得るための入り口と考えるとよいでしょう。

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