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美味しい餃子を包みたい。
窓のそとは水の音。
河のような海のような。
深い水底にもぐったような夜、
音楽でも映画でもなく、読みたくなる。
もう何度も紹介しているけど、こんな湿度の日に頁をぱらりめくるのがいい。
大好きな湯本香樹実さん、
『夏の庭』や『ポプラの秋』など、一連の児童文学的アプローチからうって変わった、成人の文学作品。
初めて読んだ時、少し驚いた。
しかし、それがものすごく心地よい。
あつくもつめたくもない、体温と同じプールにつかっている感覚。
海の底で蟹に喰われ、死んでしまった夫との追憶の旅は、
二人で暮らした自宅で熱々のしらたまを食べるところから始まり、
はじめて訪れる港町では赤魚を土鍋で炊き、
中華料理屋で上手に餃子を包んではピアノを弾き、
また見知らぬ海街の安宿でロールケーキを舐め合う。
いつしか最期の海辺が近づいていく。
哀しくて可笑しくて美味しそうで、
その彼岸とこちらの岸のあいだに流れる死生観は、ひじょうに曖昧だ。
どこか、遠藤周作の『深い河』を思い起こした。
いつ読んでも、すっと気持ちの温度をゆだねられる、なかなか出会えることのない小説のひとつだ。