「妹みたいなものだから」(いただいた言葉は宝物) その5
城石先生をここまで追いかけてくる、ある意味しつこい保護者は、そう何人もいないので、教会2階でのランチ後も、先生の車で駅まで送ってくださったりした。駅への道すがら、近隣の観光案内もしてくれたり、ちょっとした大きな公園で車を停めて景色を眺めたりもした。
その時。
私は、まるで導かれるように、城石先生に自分の生い立ちを話してしまったのだった。その頃ちょうど人を傷つけてばかりいるカウンセラーの中平先生(「あなたの職業、何??」に詳しい)のことで悩んでいたので、そのことも含めて話した。
「本当にそのカウンセラーの人、私が前回話したこと忘れちゃってるんで、話していても内容がちぐはぐなんですよぉー」
ため息まじりに、訴える私。
「それはダメですね。せめて診察の前にカルテを読み直すなりして備えないと・・・」
激しく同意。
自分の生い立ちを話しつつ、
「息子たちを虐待しそうで怖かった」
と言ったら、
「でも2人の息子さんは、ちゃんと育ってますよ」
と言ってくれた。こんな力強い励ましは、ない。息子たちのことを知ってくれた上で、そう言ってくださるのだから、丸ごと信じることができた。
中平先生のすぐ忘れてしまう件にひっかけて、
「城石先生は、ものすごく色々なことを覚えてらっしゃるけど、それはどうやったらできるんですか?」
と尋ねてみた。
本当によく覚えているのだ。我が家の職業、私の出身大学(これは、ある年の担任の先生と一緒だから記憶されたと思うけれど)、住んでいる場所など。そこまで、覚えていてくださって、申し訳ないほどだった。
「それは・・・」
先生は、少し言葉を探しつつ答えた。
「カウンセラーは、ある意味お金を払う関係だけれど、僕はそうではなくて、何て言うか…人たらしって言うか…」
言葉を切って、ひと息。
「人が好きなんですね。だから、その人に興味を持って話聞いたりしてますね」
また、珠玉の言葉をいただいた。
なるほど。
そうか。
興味を持って耳を傾けることは、本当に大切だし、上の空で生返事をしていると相手にも伝わってしまうだろう。
そのような関係は、お互いのために本当に良くないし、長続きもしないだろう。
私が、城石先生に生い立ちのことを話したのは、きっと先生が木に縛りつけられた話を覚えていたからだと思う。幼い頃のことをちゃんと覚えている人だから、きっと理解してくれると思ったのだろう。
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