データサイエンティストに必要な本質を捉える力
現代のエンジニアは学ぶことが多く、技術からビジネスまで幅広い知識・経験を必要とします。例えば、データ分析をビジネスで実践しようとすれば、統計解析、機械学習、データハンドリングなどの基本技術はもとより、クライアントから課題を引き出して適切にコミュニケーションする力が必要となります。多種多様なスキルが求められる中で、データサイエンティストにとって重要なスキルを一つ選ぶとすると何だろうかと考えてみました。
「本質を捉える力が弱い」といわれた日
まだ駆け出しデータサイエンティストだったころ、業績評価の場で上司から「君は本質を捉える力が弱いね」と言われました。この言葉はかなり自分の胸に刺さり落ち込んだ記憶があります。前職のSE時代には物事を深く考える方だと評価されていたので相当に落ち込みました。
当時、データ分析を学ぶのに必死で目の前の事象や問題の捉え方が表面的であったのは確かでした。また、分析手法の選定理由が教科書に書いてあったからという程度で、深く考えられていなかったと思います。
これらをまとめると、問題の捉え方とその問題解決手段が浅く、本来目指すべきビジネスの目的から逸脱している状況だったと言えるでしょう。要は自分の頭で考えつくしておらず本質を外していたわけです。
データサイエンティストをはじめとするエンジニアは、武器とする専門力はビジネス課題を解決するために発揮されなければなりません。解くべきでない問題を解いているときほど無駄なものはないのです。また、問題解決のアプローチが最適でなかったならエンジニアリングの効果は減少するでしょう。ということで、データサイエンティストやエンジニアは本質を捉える力を持つ必要があると考えています。
どうやって本質を捉える力を鍛えたか
一方、本質を捉えられていないと言われたところで、どうやって本質を捉えられるようになるか正直わかりませんでした。
Amazonや図書館で「本質」というキーワードで検索してみたこともありますが、それこそ表面的な行為でした。また、視点を増やせば自然にできるようになるかと考えて思考法に関する本を読み漁りましたが、どうもしっくりきませんでした。
今でも本質を捉えることは難易度が高いタスクです。それでも、プロジェクト経験を重ねるにつれて、少しずつ表面的な情報から根元を探ることができるようになっていきました。
ポイントは「様々なことに疑問を持って考える」という癖が身についたときだと思います。これにはいくつか段階があり、順に書いてみます。
まずは表面的な言葉を理解できるようになる
「なぜ?」「それでどうなるの?」を考える
技術の制約条件や関連を押さえる
人、組織について考えを深める
自分の無知にアクセスする
1. まずは表面的な言葉を理解できるようになる
まず初期段階ではそもそも疑問すら持てない状況からスタートします。自分に実力も経験もない状況では、周囲やクライアントから出てきた情報を形通り受け取るだけでも精一杯だからです。
技術・ビジネスに関わらず、知識が不足している場合、言葉を拾うだけでも苦労するはずです。このような状況で優先すべきは、そのビジネスドメインや自身の技術領域についてザクっと一気呵成に学ぶことです。これができなければスタートラインにすら立てず、深く考えることも難しいわけです。
2. 「なぜ?」「それでどうなるの?」を考える
表面的な言葉や情報を認識できるようになったとしましょう。ここで表面的な情報の奥底に潜るための第一歩は自分自身に「質問してみる」ということです。無理やりに質問文をひねり出して頭を働かせるというものですね。
もっともシンプルかつ強力な質問文は「なぜ?」と「それでどうなるの?」です。例えば、文書データにラベリングしたいという話があったとして、「なぜラベリングしたいのだろう?」と考えることで、ビジネス課題の背景に意識を向けることができます。一方、「ラベリングできたらどうなるのかな?」と考えを巡らせると、具体的な業務改善の場面を掘り下げざるを得ません。
また、技術選定においても同様で、過去のプロジェクトや参考書に載ってる事例で取られているアプローチに対して「なぜここでこの手法を選んだのだろう」と考えてみることは効果的です。
どちらの質問文も大変強力なものですが、やり始めたころは自分に質問を投げかけても何も出てこないという状況に陥って嫌になってしまいました。確かに質問を投げかけると人は自然と考えはじめるものですが、だからといってホイホイ本質を追求できるとは限らないのです。
しかし、これを自覚することは極めて重要で、「よくわからんな」と思ったところから足を使った調査がスタートします。クライアント、同僚、書籍、論文など様々な人や情報にアクセスして、自分の「わからん」を埋めるわけです。こうしたアクションによって少し本質に近づくことができるようになりました。
また、質問をより具体化していくことも助けになることもあります。問題設定の場面でよく思い浮かべる質問をまとめた記事を投稿していますので、活用してみてください。
3. 技術の制約条件や関連を押さえる
問題の根っこにアクセスできるようになると、おのずと問題解決の手段も多種多様になってきます。この段階になると、技術の関連を押さえておかないと収集がつかなくなってきます。私の場合、技術の渦に飲まれて、問題解決のアプローチが場当たり的になっていました。
そこで、目の前のタスクに追われつつも、基本的な統計的の考え方、各手法の制約条件、それらの繋がりについて理解を深めていくことにしました。時間はかかりましたが、少しずつ自分の頭の中に体系図のようなものができあがってきて楽になりました。この点については先日投稿した記事に書きましたので、興味のある方はご覧ください。
4. 人、組織について考えを深める
ここまで書いた方法である程度掘り下げられるようになりましたが、やがて壁にぶち当たるようになりました。それは、クライアントの本音になかなかアクセスできないという悩みでした。
これはプロジェクトが始まる遥か前の段階で発生しがちな事象です。例えば、AIやデータ分析技術をビジネスで活用するためのフワフワした議論をしているときにしばしば起こりました。真面目に問題の根っこを捉えようと頑張れば頑張るほど、その場で浮いてしまうのです。
ともかく自分が場違いなことだけは分かるのですが、誰も具体的な指摘はしないので悩んでいました。数々の失敗を重ねた後、クライアントやステークホルダーの本音を捉えられていないことだけはかろうじてわかるようになりました。そして、無理に問題の見極めに走らずにその場やクライアントを理解することに集中してみたところ、徐々にうまくいくようになりました。
この点について少し掘り下げます。
こうした状況に遭遇した場合、まず「自分がこの場に呼ばれたのは問題解決をして欲しいからだ」とストレートに考えることから離れることが大切です。その場がどういう場で、誰がどんな気持ちと意図をもって議論しているのか見極める必要があるからです。これを達成するには、まずは謙虚な姿勢を持ちつつ、人やビジネスに対して素直な関心をもつことが重要です。
その重要性に気づいたのは数年前のことです。あるとき、ワーキンググループでAIプロジェクトの問題設定方法について議論していたのですが、その際に大先輩から「初めにクライアントやプロジェクトメンバーの思惑を正しく捉えることが重要だ」と言われたのです。それまでビジネスシーンで耳にすることがなかった言葉が強烈に刺さりました。それと同時に、自分自身に不足していたことが分かったのです。
とはいえ、人の思惑を捉えるというのは大変難しいものです。背景知識を総動員しつつ、コミュニケーションから探っていかなくてはなりません。時にはその人自身が気づいていない場合もあります。
これを乗り越えるためにやったことは、①人や組織に関心を持つ、②傾聴に徹する、③古典や名著から人や組織について学ぶという3点です。それぞれマインドセット、コミュニケーションの在り方、背景知識を深めることに繋がります。私自身まだ十分とは言えず、コツコツと積み上げる必要があると感じています。
5. 自分の無知にアクセスする
最後に取り上げるのは「自分の無知にアクセスする」という方法です。自分の無知を自覚することは物事を観察し学ぶための出発点と言えるでしょう。これについて、E. H. シャインは次のように述べています。
ここでいう「期待とか仮定」というのは、人が暗黙的に持つ決めつけのようなもので、場合により偏った結論を導くだけでなく、人の本音に至る道から離脱してしまう危険性があるものです。クライアントと信頼関係を築き、時間をかけて問題の本質を掴むためには、まず自分自身が目の前の人や組織に対して分からないことを察知する必要があるというわけですね。
では無知を自覚したとして、本質を捉える上でどのような効用があるのでしょうか。単に知らないことを尋ねたり調べたりすることで知識が増えることを意味するのでしょうか……?
そうでなく、自分自身の無知を積極的に利用することこそが問題の本質に近づくことになるとシャインは説いています。これについては以下の本の3章、特に「CASE3 DECとの素晴らしい体験」に例が載っています。かなり考えされられた事例でした。
私自身、正直に言うとシャインの境地には全く至っていません。しかし、この着想を得てから試行錯誤を重ねていて、時折その効果を発揮できたことがありました。また、技術チームのマネジメントや人材育成をする中でこの点の重要性を感じたことも多々あります。
まとめ
この記事ではデータサイエンティストにとって重要なスキルとして「本質を捉える力」に着目し、その鍛え方を整理しました。個人的な経験に基づくものであり道半ばですが、これからも探求していきたいと思います。