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自分が自分でなくなるという感覚
運営している介護施設に「自分が自分でなくなる」と訴える入居者がいる。
この方は認知症である。詳細な背景はお伝えできないが、普段は笑顔でのんびりしているが、何かのタイミングで不安になり表情が険しくなる。
ひとたびこの状態になると「自分が自分でなくなる」と施設スタッフに訴えて落ち着きなく施設内を歩き回ったり、立ち上がりや歩行が不安定になる。
この「自分が自分でなくなる」というのは認知症の症状の1つであり、同時に認知症の全てを表していると思う。
ここで思う―――「自分とは何か?」と。
自分の中で何が起きて自分を失ってしまうのか?
それはおそらく「記憶」と「肉体」だと思う。
人間とは「現在の肉体」に「これまでの記憶」が搭載されている存在。
感情だってこれらに連動しているものと言える。
そこで「これまでの記憶」がないと「現在の肉体(自分)」がどのような経過で存在できているのか分からなくなる。その結果、冒頭の入居者は「自分が自分でなくなる」という感覚に襲われるのだと推察される。
だからと言って認知症は記憶喪失という意味ではない。自分という存在はハッキリと認識しているし、自分の感情も認識している。むしろ、認知症の方は自分の感情に素直なくらいである。
それでも「これまでの記憶」を認識できないのは辛いことだと思う。
自身から湧き上がる感情もまた記憶から由来しているものだから、その感情の根源が分からないということは不安しかないはずだ。
特にこの入居者は認知症が進行しており、かつて嬉しそうに思い出話を語っていた両親のことも兄弟のことも曖昧になりつつある。何科のタイミングで急に不安になる場面はこれから先も増えるだろう。
「自分が自分でなくなる」という感覚。
それは今の私では共感してあげることはできない。
このような介護者としての葛藤もまた認知症ケアなのだろうと思いながら、今日もこの入居者に少しでも楽しい気持ちをもってほしくて話しかける。
ここまで読んでいただき、感謝。
途中で読むのをやめた方へも、感謝。