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『大地の恵み、優しさの恵み』~ズッキーニのブイヨンパスタ~
6月。
「家の前のブドウ畑、消毒するっていうから家にいたくないのよ」
そんな誘い文句で、週末の早朝に友人と待ち合わせた。
果実が育ちつつあるこの時期、梅雨は恵みでもあり脅威でもある。
地表から近い位置で育つブドウの実は、雨によって地面から跳ね返る土とともに病原菌が付着するそうで、梅雨の合間は消毒薬が散布されることが多い。
目の前にある友人の家はその知らせを受けたら窓を閉め切っておかなければならない。
私の部屋の窓から見えるリンゴ畑も時折り手入れをする人影を見かけるけど、そういう注意を受けたことは今までない。本当は気を付けた方がいいのか、ふと心配になってしまう。
誘ったのはこちらだからって迎えに来てくれた友人の車で向かったのは、少し離れた地域にある農産物直売所。
換気のため窓が開け放たれた店内には早朝の澄んだ空気が流れ、薄手の長袖では少し肌寒い。
明らかに開店を待ち構えていた常連客と、今まさに入荷中の農家の人とが出入りしている。とはいえ全体的には人影がまばら。
空の棚に、収穫したばかりの新鮮な野菜が次々と積み上げられていく。
スーパーに並ぶ野菜とは比べ物にならない瑞々しい肌と質感は、眺めているだけでも清々しく栄養を分け与えられているような錯覚に陥る。
今日は友人の付き合いだから、と観察しながら店内を巡っていると、大きな籠を抱えた従業員が目の前の空いたスペースにビニール詰めされたばかりの野菜を並べ始めた。
大好物のズッキーニ!安い!
この季節が来たことを喜びながら、ついさっきまで大地と繋がっていたであろう生気あふれる一袋を手に取った。
キャッシュレスのレジで(ついにここまできたか、と)非接触の会計を終えて外に出ると、とっくに買い物袋を膨らませた友人が、屋外エリアで今まさに追加されている花の苗を物色していた。
貪欲な二人は、戦利品を見せ合って笑った。
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少し小ぶりなズッキーニ。
包丁を入れたときの、しっとりとした感触。
ナスでもキュウリでもなく、お前だから大好きなんだよって全身で伝える。
1人分で1本。
くし形に切り、一握りのしめじと、シーチキン70gも合わせてオリーブオイルで炒める。
別鍋で同時に茹でているパスタの茹で汁を200cc、そして固形ブイヨンを1個加えて、さらに煮込む。
パスタは既定の茹で時間の1分前にフライパンに移して、最後の煮込み。
吸いきれない水分が残るので、見方によってはスープパスタになるのかな。あらびき黒コショウと粉末パセリで仕上げ。
名前のない、強いて言えばズッキーニとブイヨンのパスタ。
夏の味覚、いただきます。
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その夜、短いコメントとともにこの日の戦利品が並んだ夕食写真を送ってくれた友人に、「私も作った」ってこのパスタ写真を返した。
ブドウ畑の愚痴も、実りの季節になればお裾分けを堪能する笑顔に変わる。
べったりでもなく遠ざかりもしない気ままな接点は、私にとって優しい距離感。
終(1142文字)
【あとがき】
実際の調理を元にした創作ストーリーです。
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