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上司の部下指導(2)部下を「詰める」ことなく指導するために

前回は、上司の部下指導を部下を「詰める」形してしまう危険因子についてお話しました。私たちが持っている原因帰属のクセと他者を罰したくなる傾向が、その危険因子でした。今回は、この危険因子の働きを抑えて「詰めない」指導をする方法についてお話します。

画像出典:https://www.hippopx.com/ja/search?q=%E8%81%B7%E5%A0%B4&page=3


1.こういう場面が、危ない


 はじめに、(1)と少し重複するところもありますが、部下を「詰める」危険性の高い状況を再確認しておきます。

 私は研修業界が長かったので、研修プログラムをお客様に提供する場面を具体例にすると分かりやすい説明ができると思います。そこで、私が研修会社の営業部長で、部下のセールス・パーソンを指導するという設定で進めたいと思います。
 部長といっても、上司は社長、下に課長さんや係長さんはいなくて、直接セールス・パーソンを指揮しているという設定です。

 研修というと特殊な世界に思われるかもしれませんが、研修で色々なお客様企業と接した経験からいうと、典型的な B to B ビジネスです。また、上司と部下の関係性という面では、業種や企業が異なっても決定的な違いはありません。 

 金曜日の営業連絡会で、中堅社員の山田君から、受講者が300人にのぼる大型案件の受注がほぼ固まったという報告がありました。 
 今期は売上目標が達成できるかどうかギリギリの線で、私は、社長から再三ネジを巻かれていました。ただ、私は、営業成績が上がらないのは、私の責任というよりも部下たちがハングリー精神に欠けているからだと考えています。
 しかし、山田君の案件が決まれば、計画達成は間違いありません。私は、さっそく、計画達成の見込みが立ったと社長に報告しました。
 
 私は、山田君が持ち前の穏やかで優しい人柄でお客様の窓口担当者と良好な関係を築くところを評価していますが、一方で、優しさの裏返しで、ハードネゴが苦手だったり、商談の最終段階で押しが弱かったりすると思ってもいます。

 週が明けて、月曜日の夕方、山田君が悄然として、私の前に現れました。

私:   山田君、なに?(イヤな予感で椅子から腰が浮いている)

山田君: 金曜日にご報告した案件でお客様からメールが来て、研修の実施
     を見送るとおっしゃるのです。

私:   えっ、金曜日に受注確実だった案件が、週が明けたら消えて
     しまうなんて、おかしいでしょう。何があったの?

山田君: メールだけでは納得できなかったので、ご担当の方を直接お訪ね
     しようとしたのですが、忙しいといって、会ってくださらない
     のです。

私:   君は、心当たりがないのか?

山田君: いえ、それが、思い当たるとがなくて……

私:   思い当たることがないなんて、真面目に営業活動をしていたら、
     そんなことはあり得ない。お客様の言質をちゃんと、とって
     あったのか? いつもみたいに、肝心なところで、押しが弱かっ     
     たんじゃないのか?

山田君: 担当の方は、この研修は、必ずやりますとおっしゃってください
     ました。

私:   だけど、なかったことにされちゃったじゃない。何かやり損なっ
     たんだよ。

ここまでだと、まだ「詰める」には至っていませんが、第1回でお話ししたA、B、Cの3つの危険因子はすでに出揃っています。


A.私たちは、他人がトラブルに巻き込まれると、その原因は、その人自身
 の性格や素質といった内的な要素にあると、考えやすい。
 ⇒
私は、山田君が最後の最後で失注したのは、山田君の「押しの弱い
性格」が原因だ
と考え始めている。

B.私たちは、自分がトラブルに巻き込まれると、その原因は、自分をとり
 まく状況にあったと、考えやすい。
私は、もともと、営業成績の件で私が社長から責められるのは部下たちにハングリー精神が欠けているせいだと考えているが、田中君の失注は、その代表例だと考え始めている。

C. 私たちは、私たちを不快にする相手、私たちに不満を抱かせる相手に
 対して罰を与えたくなる。
⇒私は、社長に、やはり営業目標は達成できそうにないと報告しなければならないのは、実に苦痛だと思っている。私がそういう不快な目に遭うのは山田君のせいだから、ここは、ひとつ、きつく叱ってやろうと思い始めている。

 一方で、田中君は自分自身がトラブルに巻き込まれた当事者ですから、原因を自分にではなく周囲に求めるBの心理が働きます。
 ですから、私が田中君を責めると、田中君は、彼の責任ではない諸般の事情を持ち出して抵抗します。すると、私はそれを言い訳がましく感じて、田中君に対してますます怒ることになります。

 この状況は、私が田中君を「詰める」叱り方になる危険性を大いにはらんでいるわけです。


2.自分を《当事者》でなく《観察者》にする


 私が田中君を罰したくなるのは、私が

B.自分がトラブルに巻き込まれると、その原因は、自分をとり
 まく状況にあったと、考えやすい。
もともと、営業成績の件で私が社長から責められるのは部下たちにハングリー精神が欠けているせいだと考えていて、田中君の失注は、その代表例だと考え始めている。

状況にあって、そのせいで、田中君が自分を不快にする相手だと思ってしまうからです。

 ですから、このBの状況をなくしてしまえば、私が田中君を「詰める」危険は、なくなります。そのために、私を、田中君が取れるはずだった仕事を失注したというトラブルに巻き込まれている《当事者》から、この営業部隊の活動を外から見ている《観察者》に移してしまうのです。

 「当事者意識がなかったら、問題解決が出来ない」という反論が予想されます。私自身も、研修の場で、常に「当事者意識をもって事にあたりましょう」と、お伝えしてきました。
 
 ですが、問題の原因を洗い出す段階では、問題の外側に出て、外側から問題を観察する方が自由に検討しやすいことに、最近になって気づいたのです。外から観察して原因を突き止めたら、問題の内側に戻って、当時者意識をもって解決策を立てて実行すればよいのです。

 私を《観察者》にして田中君に応対すると、次のような感じで進めることも可能ではないかと思います。

私:   山田君、なに?(イヤな予感で椅子から腰が浮いている)

山田君: 金曜日にご報告した案件でお客様からメールが来て、研修の実施
     を見送るとおっしゃるのです。

私:   金曜日に受注確実だった案件が、週が明けたら消えてしまった
     わけだ。山田君、驚いたでしょう。

山田君: メールだけでは納得できなかったので、ご担当の方を直接お訪ね
     しようとしたのですが、忙しいといって、会ってくださらない
     のです。

私:   君に会いたくない事情でもあるのかなぁ?

山田君: さぁ? いつもお忙しいのは事実で、普段でも、今日お願いして
     今日会っていただくのは無理です。

私:   つまり、先様の事情は、今は分からないということだ。では、
     とりあえず、こちらの事情を考えてみようか。

山田君: あ、はい。

私:   うちの方で、見落としていたこととか、やり損なったことがある
     のだろうか? 

山田君: えっ?(びくっとする)

私:   いや、山田君が、という意味ではないよ。山田君は、よくやって
     くれていた。私を含めて、会社としてという意味。担当講師に
     なる予定の田中さんの顔見せはしたと言っていたよね。

山田君: 先様は、田中講師にはとても好印象を持ってくださったと思って
     います。

【ここで、私は、あることを思い出します。それは、山田君から商談の進捗報告を受けたときに、担当者クラスと話を進めていると聞いて、その上の課長さんにも会って意向を確認するよう指示したことです】

私:   課長さんには、お会いしたのだよね。

山田君: ええ、田中講師を連れて行ったときに、課長さんにもお会い
     しました。

私:   で、課長さんも、乗り気だった。

山田君: と思いました。田中講師も、これは受注できそうだと言って
     いました。

私:   課長さんの上は、部長さんがいるんだっけ?

山田君: ええ。お会いしたことはありませんが。

私:   山田君から、部長さんに会わせてくださいとは、言いにくい
     よな。

山田君: ええ、課長さんに会わせていただくのも、担当者の方を軽んじて
     いるように思われないか心配で。だから、田中講師の顔見せと
     いうことにして、課長さんに出てきてもらったのです。 
   
私:   そうだったのか。いやー、失敗したな。商談が大詰めの時に、
     私が先方の部長さんにご挨拶に行っていれば、部長さんの意向も
     探れたかもしれなかった。

山田君: (きょとんとして、私を見る)

私:   私が挨拶に行きたいと言ったからといって、お客様がOKしてくだ
     さるとは限らないよ。だけど、トライしてみる価値はあったと
     思う。

山田君: 部長は、お客様の部長が案件を白紙に戻したと思っているの
     ですか?

私:   私の営業経験では、そういうことが、結構あった。最終の意志
     決定権者まで上がったところで、白紙に戻されるパターン。
     そういう内情を担当の人はなかなか言いたがらないから、私が
     聞き出せた以外にも同じようなことがあっただろうと思う。

山田:  今回も、その可能性がありますね。

私:   うん。だが、まだそうと決めるには情報不足だ。山田君は、
     担当の方となんとかお会いして、もう少し情報を集めてくださ
     い。本当は、田中講師のことが気にいっていなかった……なんて
     可能性もゼロではないよ。お客様企業と講師のマッチングは、 
     講師の力量の問題ではなくて、お客様との相性の問題だからね。
     集められるだけの情報を集めたところで、〇〇社への今後のアプ
     ローチの仕方を一緒に考えよう。

山田君: わかりました。なんとか、担当の方を捕まえて、事情を
     聞き出します。

私:   そうしてください。お願いします。

 上の流れは、私が自説を補強するために作ったフィクションですから、「調子よすぎる」・「現実はそんな甘くない」と言われてしまうかもしれません。
 
 ただ、次の2つのことは確かだと思います。

※私は山田君が犯人だと決めつけないから、色々な可能性が頭に浮かぶ。

※山田君は自分が犯人扱いされていると感じないで済むし、自分以外に原因
 を求めることも認められるので、萎縮したり反発したりせず、落ち着いて
 原因をさぐることができる。

3.上司の部下指導以外にも応用できる


 私たちは、自分が巻き込まれた状況のせいで損害や損失をこうむるのではないかと恐れたり不安になったりすることがあります。恐れや不安が、その状況に対する怒りを産むこともあります。

 そういうことは、職場に限らず、友達、カップル、夫婦、親子の間でも起こり得るし、実際、起こっていると思います。(1)で取り上げた「捨て台詞」が吐かれる場面が、そうです。

 そのような状況で、自分を、いったん状況の内側にいる《当事者》から外側にいる《観察者》に移してみる。すると、自分が受けるかもしれない損害や損失をあまり心配しなくなります。その損害や損失が《自分事》でなく《他人事(ひとごと)》になるからです。

 そして、「岡目八目」というコトバがあるように、《他人事(ひとごと)》として捉えた損害・損失の方が正確な見積もりであることが多いものです。


 いったん状況の外に出て心を鎮めてから状況を見つめ直すと、感情の渦に巻き込まれていたときには見落としていた事情が見えてきます。それだけでなく、色々な事情同士がからみあっている構図も浮かび上がってきます。つまり、その状況の全体構造をつかむことが出来る。そうなってから、また状況の中に戻っていけば、有効な対処ができると考えます。

 今回、(1)(2)にわたって記してきたことが、少しでも、みなさんのお役に立つことがあったなら、これに勝る幸せはありません。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

『上司の部下指導(2)部下を「詰める」ことなく指導するために』 
〈おわり〉


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