東レのオープンイノベーション(非繊維1/1)
東レは他の化学繊維メーカーと異なり繊維事業の規模を拡大し営業利益率を高めましたが、他メーカー同様に非繊維事業の拡大も行っています。非繊維事業の中で東レが特に強みを持つのが、アメリカの航空機メーカー・ボーイングとのオープンイノベーションで製品化されたのが炭素繊維複合材料です。
『東レのオープンイノベーション(繊維2/2)』からつづく。
1.東レの炭繊維複合材料
炭素繊維複合材料は繊維と名はついていますが、用途がアパレルではなく、航空機・自動車などの輸送用機械なので、東レは繊維事業とは別事業として扱っています。炭素繊維複合材料は売上規模こそ小さいですが、営業利益率は東レの非繊維事業の中でも飛びぬけています。
東レは2017年度時点で、世界の炭素繊維複合材料市場で7割のシェアを有し、2位の帝人の4倍を生産しています。
2.東レの炭素繊維複合材料の歩み
東レは1960年代にアクリル繊維「トレロン」をベースにした炭素繊維の開発に着手し、1971年にはPAN系高強度炭素繊維トレカ®糸T300の製造・販売を開始しました。トレカ®糸T300は、初めは釣り竿とゴルフシャフトの素材として採用されます。
一方、アメリカでは、1973年の第一次オイルショックを受けて省エネ航空機開発計画がスタート。この計画の中で、航空機の部品用素材としてT300が採用されました。
1982年には、T300を部品に用いたボーイング757・767、およびエアバスA310が初飛行します。また、T300を貨物室扉に用いたスペースシャトル・コロンビアも打ち上げられました。
1990年、東レとボーイングによる共同開発が本格化します。同年、東レは炭素繊維とエポキシ樹脂を組み合わせたトレカ®プリプレグP2302-19をボーイング社の民間旅客機777用に開発し、航空機に適合した素材として認定されます。エポキシ樹脂と組み合わせたため、トレカ®プリプレグP2302-19は炭素繊維複合材料と呼ばれることになります。
東レは、1992年にはボーイング777用などのプリプレグ製造のため、アメリカに東レ・コンポジット・アメリカ社を設立しました。
炭素繊維複合材料は、航空機の大幅な軽量化と、それによる燃費向上を実現しました。2007年に、東レはボーイングと炭素繊維複合材料の包括的長期供給契約を結びます。この契約により、東レはボーイングが製造する航空機の主翼と胴体用の炭素繊維複合材料を独占的に供給するようなりました。かつては部品にしか採用されなかった炭素繊維複合材料が機体の構造用素材として使われるようになったのです。こうして、東レは航空機用炭素繊維複合材料のNo.1メーカーとしての地位を確立したのです。
3.炭素繊維複合材料開発から読み取れること
東レが世界に先駆けて炭素繊維の開発に取り組み、製品化の実績を挙げていたことが、ボーイングからオープンイノベーションのパートナーに選ばれることにつながりました。
しかし、東レが炭素繊維の開発に着手してからアメリカの省エネ航空機開発計画で実用化されるまでには20年近い歳月を要しています。『東レのオープンイノベーション(繊維1/2)で触れた「革新的な基礎技術を40年、50年かけて極限まで追求していく」東レの企業風土がなければ、この年月を耐えることはできなかったでしょう。
ボーイングはエアバスと並び世界を代表する航空機メーカーです。いわば航空機業界の「勝ち馬」です。東レはこの「勝ち馬」に乗る形で炭素繊維複合材料の開発に成功したのです。
これは、アパレル業界で「勝ち馬」になりつつあった「ユニクロ」と提携して「ヒートテック」、「ウルトラライトダウン」、「エアリズム」などの製品イノベーションを実現したことと似ています。
東レの事例から、オープンイノベーションの成功パターンは、自社の事業分野で高度な技術力を持つことで他業界の「勝ち馬」からパートナーに選ばれ、「強者連合」でイノベーションを実現することであることが分かります。
現在、社会と環境の変化が加速するなか、自社単独ではイノベーションを起こせないので他社とオープンイノベーションを進めようという動きが活発になっています。
しかし、東レのオープンイノベーション事例は、オープンイノベーションを進める企業群が「弱者連合」であってはイノベーションの実現は難しいのではないかということを示唆しているのです。
〈おわり〉
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