人と組織の評価:評点 or 自由記入?(3/3)
ここまで2回にわたって、マネジャーに「自由記入法」で部下評価をしてもらうことのメリットを語ってきました。今回は、マネジメント研究の世界で「自由記入法」を使って客観性の高い発見に至った事例として、三隅二不二の「リーダーシップPM論」を取り上げます。
前回はこちら
この連載を始める契機となった國松禎紀さんの投稿記事はこちら
1.「リーダーシップPM論」とは
三隅二不二の「リーダーシップPM論」は、リーダーシップ理論の古典のひとつです。三隅は、リーダーシップ行動は「P行動」と「M行動」で構成されている考えました。
※「P行動」=組織の目標達成や課題解決に向けられた行動
※「M行動」=組織の維持に向けられた行動
三隅は「P行動」と「M行動」の実践レベルを測定するための24の評価項目を設定し、炭鉱、銀行、メーカー、運輸業(バス)など様々な企業の多くの組織でアンケート調査を行い、「P行動」と「M行動」がどちらも高いときに生産性とメンバーの満足度が最大になることを明らかにしました。
これが「リーダーシップPM論」です。私は、この理論がリーダーシップに関する種々の理論の中でも、最も《客観性》の高いものの一つだと考えています。
2.「P行動」・「M行動」:評価項目の原点は概念を脇に置いたインタビュー
三隅は、24の評価項目を、第一線の監督者へのインタビュー結果から導き出しています。
できるだけ多くの現場監督者、一般従業員、管理者に会い、第一線現場監督者の日頃のリーダーシップ行動を調べるのにふさわしい質問項目を収集した。
三隅二不二『リーダーシップの科学』講談社ブルーバックス1990年 P80
インタビュー以前に三隅は「P行動」、「M行動」の仮説を立てていました。しかし、インタビューは、この仮説を脇に置いて実施しています。
質問項目の収集・作成は、P行動、M行動というわれわれの理論をひとまず離れて、いわば虚心坦懐に、あるがままのリーダーシップ行動を、ただただ網羅的に収集するという姿勢で行わなければならない。
三隅二不二『リーダーシップの科学』講談社ブルーバックス1990年 P81
へたに概念の枠組みを使うと、収集・作成される質問項目自体が、リーダーシップの実態からはずれた、ゆがんだものになってしまう恐れがある。
三隅二不二『リーダーシップの科学』講談社ブルーバックス1990年 P84
「評点法」は、社内の一握りの人たちが抱いている《望ましい社員についての概念》を実地検証なしに正とします。ここに《現場・現実軽視の独善性》が隠れています。
これに対して、三隅二不二は、虚心坦懐に現場の現実に向き合おうとしたのです。この三隅の姿勢は、上司による部下評価に「自由記入法」を導入した國松禎紀さんの現場・現実を重視する姿勢と共通しています。
3.「P行動」・「M行動」評価項目の絞り込み
上記のインタビューで収集した質問項目は450項目でした。三隅は、KJ法による分類や専門家による検討を通して、450項目を63個に絞り込みました。
三隅は、大規模なアンケート調査を行い63の評価項目のそれぞれについて5,200名から回答を得ます。この膨大な回答を対象に因子分析を行った結果、第一線の現場監督者のリーダーシップ行動は「業績への圧力」・「集団維持」・「計画性」の3つの因子から成り立っていることを突き止めます。
三隅は、ここまで来てはじめて、初期の仮説にあった「P行動」・「M行動」という概念を持ち出してきます。
第一線監督者の行動を、三つの因子として把握できるようになった今こそ、PM理論(楠瀬注:原文のまま)を登場させ、理論と現実の橋渡しをすべき時期なのである。
三隅二不二『リーダーシップの科学』講談社ブルーバックス1990年 P89
「業績への圧力」と「計画性」はどちらも集団の目標達成や課題解決にかかわる因子なので、三隅はこの二つを括って「P行動」としました。「集団維持」は、初期の仮説の「M行動」そのものなので、「M行動」としました。
そして、「P行動」・「M行動」の概念を使って、63あった評価項目を24まで絞り込みます。
この24の評価項目を使って様々な企業の多くの組織でアンケート調査を行っい、「P行動」と「M行動」がどちらも高いときに生産性とメンバーの満足度が最大になることを明らかにしたのです。
4.頭を理論漬けにしてしまうことの危険性
三隅二不二は、概念的な仮説をいったん離れてインタビュー(自由記入法)で現場の現実をとことん調査した結果、概念的な仮説の妥当性を裏付け、その概念に基くアンケート調査で確認できるという高い水準の《客観性》を備えた「リーダーシップPM論」を確立することに成功しました。
このことが示しているのは、《客観性》は高い視点から現場を見下ろして構成した概念の中ではなく、現場に散らばっている個別情報の集積の中に存在するということです。
経営について様々な理論が語られています。それらを学ぶことで考え方の引き出しを増やすことができます。
しかし、頭を理論漬けにしてしまうと、現場・現実の声を聞き漏らし《客観性》を失う危険があることを、経営に携わる者は肝に銘じておかなければならないと考えます。
ここまで3回にわたる連載にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
note上の別の場で、またお会いできることを、楽しみにしています。
『人と組織の評価:評点 or 自由記入?(3/3)』おわり
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