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KSLA流戦略学「PTP新戦術概論」Ⅰ


軍事学・戦略学入門テキスト

目次
1. はじめに:軍事学・戦略学とは
2. 歴史的背景
2-1. 古代~中世の戦略思想
2-2. 近世ヨーロッパの軍事革命
2-3. 近代・現代の戦争と戦略の進化
3. 主要な理論家と古典文献
3-1. 孫子(『孫子の兵法』)
3-2. クラウゼヴィッツ(『戦争論』)
3-3. リデル・ハート、ジョミニ、その他
4. 戦略学の基本概念
4-1. 戦略と戦術の違い
4-2. 作戦術の位置づけ
4-3. 戦略レベルの分類(大戦略、軍事戦略など)
5. 軍事学における主要理論・枠組み
5-1. 制空権、制海権、制情報権の概念
5-2. 抑止理論と核戦略
5-3. 非対称戦争とゲリラ戦
5-4. サイバー戦、情報戦への拡張
6. 現代戦略論の発展
6-1. 第二次世界大戦後の軍事思想
6-2. 冷戦期の理論(MAD、柔軟対応戦略など)
6-3. 現代の紛争・ハイブリッド戦争
7. 戦略の策定プロセスとツール
7-1. PDCAサイクル・OODAループ
7-2. シナリオプランニングとゲーム理論
7-3. 情報収集・分析(インテリジェンス)
8. 参考文献・資料
9. おわりに

1. はじめに:軍事学・戦略学とは

軍事学は、戦争や軍事行動を学問的に扱う分野であり、軍事技術、軍事組織、戦略・戦術、兵站(ロジスティクス)などを体系的に研究します。
戦略学は、軍事学の一部として発展すると同時に、政治学・国際関係学・経営学などの分野にも応用される学問領域です。戦略学は、限られたリソースを用いて、敵対者との競争や紛争をいかに制御・優位に進めるかを扱います。

2. 歴史的背景

2-1. 古代~中世の戦略思想
孫子(紀元前5世紀頃)
兵法書『孫子』で「兵は詭道なり」(戦争とは欺きの道である)と説き、情報や心理を重視する戦略観を提示。古代中国の諸国争覇期に書かれたが、現代にも通じる本質的な戦略論が含まれます。
ローマ帝国・ビザンツ帝国
古代ローマ軍団の戦術・編成、ビザンツ帝国の軍事マニュアル(例:『Strategikon』)などが後世の軍事思想に影響を与えました。
中世ヨーロッパ
城砦戦や封建制を背景とする騎士制度が発達。十字軍遠征などで、物資補給や海上交通の安全確保が軍事上の要点として意識され始めます。

2-2. 近世ヨーロッパの軍事革命
火器の登場と戦列歩兵
鉄砲・大砲の普及により、攻城戦や兵力運用の概念が大きく変化。これを「軍事革命」と捉え、国際政治や国民国家の形成にも影響が及びました。
ナポレオン戦争
国民皆兵と大量動員の概念が登場。機動力や中央集権化された司令部、鉄道などの交通インフラが戦争の規模を拡大させ、近代国家による総力戦の端緒となります。

2-3. 近代・現代の戦争と戦略の進化
第一次・第二次世界大戦
戦車や航空機などの機械化が進み、戦略爆撃や機動戦が発達。大量破壊兵器(核兵器)の登場は、戦争概念を一変させました。
冷戦と核戦略
米ソの核兵器保有による相互確証破壊(MAD)概念が、地政学や抑止理論の発展を牽引。軍事同盟(NATO・ワルシャワ条約機構)や代理戦争が国際情勢を複雑化させました。
現代の戦争形態
テロリズム、非対称戦争、ハイブリッド戦争、サイバー戦、無人機・AIなど、新技術と政治的不確実性が絡み合った複雑な紛争形態が特徴。

3. 主要な理論家と古典文献

3-1. 孫子(『孫子の兵法』)
概要:
古代中国の兵法書。情報や欺瞞、心理戦を重視する理論で、現代のビジネス戦略にも引用されることが多い。
主な概念:
「知彼知己、百戦不殆」(敵と自分を正確に知れば、百戦して危うからず)など、インテリジェンスの重要性や、損耗を避ける戦い方を強調。

3-2. クラウゼヴィッツ(『戦争論』)
概要:
プロイセンの軍人・思想家カール・フォン・クラウゼヴィッツが著した未完の大著。「戦争は他の手段をもってする政治の延長」という有名な命題を残す。
主な概念:
「重心(Schwerpunkt)」の理論、摩擦(Friction)の概念、絶対戦争と現実の戦争の相互作用などが現代の軍事学・戦略学の骨格となる。

3-3. リデル・ハート、ジョミニ、その他
アントワーヌ・ジョミニ:
ナポレオン戦争期の将校で、「内線作戦」や決戦主義の理論で知られる。戦術・作戦レベルにフォーカスした体系化を行った。
B.H.リデル・ハート:
英国の軍事史家・理論家。間接アプローチ(Indirect Approach)を提唱し、敵を正面から圧倒するのではなく、弱点への回り込みや兵站線を断つなどの方策を重視。
ジュリアーノ・ドゥーエ(制空理論)
航空力の重要性を強調し、「制空権を取った国が戦争を制する」という先駆的な主張を展開。

4. 戦略学の基本概念

4-1. 戦略と戦術の違い
戦略(Strategy)
長期的・全体的な視点で資源を配分し、最終目的を達成するための計画や思想。政治的、経済的、社会的要因と連動することが多い。
戦術(Tactics)
現場・実行レベルの具体的な行動指針。戦略に基づいて、いかに個々の戦闘やプレーを勝ち取るかに注目。

4-2. 作戦術の位置づけ
• 戦略と戦術の中間に位置し、作戦術(Operational Art) と呼ばれる。現代では、複数の戦闘を統合してキャンペーンを組み立てるレベルを指す。

4-3. 戦略レベルの分類
大戦略(Grand Strategy)
国家規模の安全保障政策や外交、産業基盤などを含む包括的な戦略。
軍事戦略(Military Strategy)
軍事力運用の長期計画や方針を定める。政治目的を達成するための軍事力行使に注目。

5. 軍事学における主要理論・枠組み

5-1. 制空権、制海権、制情報権の概念
制空権:
空中での優位性を確保し、地上部隊や海上部隊を支援する概念。
制海権:
海洋上の通商路や海軍力を確保・防御し、敵の海上能力を制限する。
制情報権:
電子戦やサイバー戦を含め、情報領域での優位性を獲得。現代戦の要となる。

5-2. 抑止理論と核戦略
相互確証破壊(MAD):
核保有国同士が、核攻撃を行えば自らも破滅するため、大規模な戦争を回避するという理論。
拡大抑止:
同盟国へも抑止力を適用し、敵対国が同盟国を攻撃しないようにする考え方。

5-3. 非対称戦争とゲリラ戦
非対称戦争:
軍事力に大きな差がある勢力同士の戦い。弱者側がゲリラ戦やテロ戦術を用いて、正規戦を回避する手法を採ることが多い。
ゲリラ戦:
小規模部隊が奇襲・攪乱・分散行動などを通じて、敵の兵力を消耗させる作戦形態。

5-4. サイバー戦、情報戦への拡張
サイバー戦:
政府機関やインフラ、企業などを標的とするハッキングや情報漏洩、システム破壊など。
情報戦:
フェイクニュースやプロパガンダなど、心理的・政治的影響を目的とした情報操作も含む広範囲な概念。

6. 現代戦略論の発展

6-1. 第二次世界大戦後の軍事思想
機動戦と電撃戦の成功:
ドイツの電撃戦(Blitzkrieg)を研究・発展させた形で、機甲師団や航空支援による高速機動が各国の軍事ドクトリンに取り入れられた。

6-2. 冷戦期の理論
柔軟対応戦略:
核戦力に頼りきらず、従来兵器による限定戦争にも対応する戦略。アメリカがベトナム戦争などでの教訓を踏まえ展開した。
核抑止の深化:
相互確証破壊が行き渡るなか、戦域ミサイル防衛や中距離核戦力(INF)など、各国が細分化された戦略を整備。

6-3. 現代の紛争・ハイブリッド戦争
ハイブリッド戦:
正規戦とゲリラ・テロ・サイバー攻撃・情報戦が複合的に展開される近年の戦い方。
AI・ドローン・ロボティクス:
無人化兵器や人工知能の進歩によって、戦場の自動化やリアルタイム分析が急速に進み、従来の指揮統制システムが変革を迫られている。

7. 戦略の策定プロセスとツール

7-1. PDCAサイクル・OODAループ
PDCAサイクル:
計画(Plan)→実行(Do)→評価(Check)→改善(Act)を繰り返すことで戦略を洗練化するフレームワーク。
OODAループ:
アメリカ空軍のジョン・ボイド大佐が提唱。観察(Observe)→方向付け(Orient)→意思決定(Decide)→行動(Act)の循環を迅速に回すことが戦術・戦略の優位をもたらすとされる。

7-2. シナリオプランニングとゲーム理論
シナリオプランニング:
将来起こりうる複数のシナリオを描き、それぞれに対する戦略を事前に構築する方法。
ゲーム理論:
相手の戦略を推定し、最適解を模索する理論。ミニマックス戦略やナッシュ均衡などの考え方が応用可能。

7-3. 情報収集・分析(インテリジェンス)
HUMINT・SIGINT・OSINTなど:
ヒューミント(人的情報)、シギント(通信傍受情報)、オシント(公開情報)など多様な手段で情報を収集・分析し、戦略決定の材料にする。
ビッグデータ・AI分析:
現代では大量のデータをリアルタイムで解析し、状況認識と意思決定の精度を高める手法が重視される。

8. 参考文献・資料
クラウゼヴィッツ, C. v. 『戦争論』
孫子, 『孫子の兵法』(紀元前5世紀ごろ)
リデル・ハート, B. H. 『戦略論 間接的アプローチ』
ジョミニ, A. H. 『戦争概論』
グレイ, C. S. Modern Strategy
キッシンジャー, H. World Order
ヴァン・エヴェラ, S. Guide to Methods for Students of Political Science(研究手法に関する参考)

※各種戦史研究や国防大学校の論文、シンクタンク(RAND、CSISなど)のレポートも最新情報を得るうえで活用できます。

9. おわりに

軍事学・戦略学は、古今東西の歴史的文献と現代の新技術や政治動向が融合して発展してきました。戦争や紛争の形態が変化するにつれて、扱う領域は地上戦・海上戦・空中戦からサイバー空間や宇宙空間、さらに情報・心理戦へと拡大しています。本テキストで示した基礎知識や理論は、その多様な発展形態を理解するうえでの土台となるはずです。より専門的な研究へ進む際には、古典や最新の研究動向を横断的に学び、実践的な事例との結びつきを常に意識するとよいでしょう。

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