
《読書感想文》ペッパーズ・ゴースト
伊坂幸太郎の文庫の新刊は
買うと決まっています。
オムニバス形式で最後に回収することも多い作風から、登場人物がごちゃごちゃになってしまう私にとって、巻頭に「登場人物表」があるのはありがたいです。
少しずつ提示されるパズルのピースが少しずつハマっていき、最後に怒涛の完成を迎える爽快さも感じられる今作は、何よりタイトルでもある『ペッパーズ・ゴースト』を、小説で表現する試みがなされた、実験的かつユニークな作品でした。
※以下ネタバレあり※
①凸凹コンビのユニークな掛け合い
物語は、ロシアンブルとアメショーという、2人のネコジゴハンター(詳細は作中でご確認下さい)の会話から始まります。
この名前は彼らのコードネームで、猫の品種名から自身で選んだもの。
作中でも以下のように2人の性格を反映させた、的確なコードネームと説明されています。
ロシアンブルーは冷たさを感じさせるグレーの毛色で、性格は神経質と言われている。おまけに、「シアン」の響きは「思案」と通じるものがあるから、常に物事を心配し、考えなくても良いことまで思案してばかりの男には合っていたし、物怖じしない、活発なアメリカンショートヘアの短縮系「アメショー」は、ロシア語で「素晴らしい!」と感嘆する際の「ハラショー」とも音が近く、前向き、楽観的なその若者の印象とも近かった。
この2人の凸凹コンビのやり取りが、非常に軽快でユニークなんです!
心配性なロシアンブルーが何かと悲観して嘆くと、考えすぎですよとアメショーがツッコミを入れる。
行き当たりばったりなアメショーを、用意周到なロシアンブルーがカバーする。
凸凹コンビというパッケージは親しみやすい上に、シンプルで対比的かつ、猫の名前の愛称の彼らには、より愛嬌が備わってると思います。
伊坂幸太郎節の効いたユニークな掛け合いを、
ぜひ作中で楽しんでみてください。
②不思議な能力と正義感
主人公である学校の先生、檀千郷(だんちさと)は不思議な能力を持っており、飛沫感染した相手の未来を〈先行上映〉で見ることが出来ます。
コロナ禍に執筆されたこともあり、当時少なからず畏怖していた"飛沫感染"を、超能力のギミックとして取り入れているところにも、思わず笑みがこぼれてしまいます。
この能力によって、主人公は事件に巻き込まれていく訳なんですが、その行動動機がヒーロー的なものではなく、むしろ自分の後ろめたさにあるところに、主人公の優しさを感じました。
檀先生は、傷害事件を起こした自身の生徒が、家庭内暴力に苦しんでいることを知らず、寄り添うことが出来なかった過去に罪の意識を感じていました。
さらに、能力に自覚し始めてからは、より一層、自分なら助けられたはずではないかと責めるようになります。
そうした経験から、〈先行上映〉で知った悪い未来を回避するように働きかけるようになるのです。
「助けたい!」の前に「助けられなかった自分を責める罪の意識」、後ろめたさが先行している。
すごくネガティブだからこそ、誰かを助ける力強さを持っており、彼自身の正義となっているところが格好良かったです。
檀の活躍も、ぜひ作中でご確認ください。
③巧妙な仕掛け『ペッパーズ・ゴースト』
さて、いよいよタイトルでもある『ペッパーズ・ゴース』についてですが、作中でも以下のように説明されています。
思い出したのは、ペッパーズ・ゴーストという言葉だ。劇場や映像の技術のひとつで、ペッパーさんなる人が関係していたはずだが、照明とガラスを使い、別の場所に存在する物を観客の前に映し出す手法だった。本来はそこにいない、別の隠れた場所に存在するものが、あたかもいるかのように登場する。
本来はそこにいないものが、あたかもその場にいるように登場する。
まさにこれを作中で行ったのです!
①でも書いたネコジゴハンターの2人の話は、生徒の小説、つまり"作中作"として登場します。
この"作中作"の登場人物である2人が、"作中"の檀先生の前に現れる(?)
世界構造がややこしいので、年末に話題になった水曜日のダウンタウンでの「名探偵津田」における"1の世界"と"2の世界"論で説明します。
(こちらも面白いので、見ていない人はU-NEXTで見れたはずなので見てみてください!)
名探偵津田とは、ダイアンの津田さんが殺人事件を解決するまでミステリーの世界から出られないドッキリなのですが、ミステリーの世界に入り込みドッキリを進行するキャストと、ロケ自体を敢行するスタッフ、といった世界観をまたがる要素に津田さんが困惑し、1の世界の住人、2の世界の住人と区別し始めます。
この独自の世界認識に、パネラーの芸能人も最初は困惑するも、徐々に理解しながら、最終的にこの論理に乗っ取って解釈し、笑いを生み出していました。
1の世界、これは私達が生きている現実世界。
視聴者、読者である私たちがいる世界です。
2の世界、ドッキリとして殺人事件を解決しているフィクションの世界、読む対象の本です。演劇やコントでも同じですね。
そして、今作には"3の世界"が存在します。
3の世界、2の世界の中で読む小説、作中作です。
ロシアンブルとアメショーがネコジゴハンターとして活躍する世界です。
"3の世界"の彼らが、"2の世界"の主人公の前に現れる。
これが『ペッパーズ・ゴースト』な訳です。
ロシアンブルとアメショーは時に、メタ的に読者に向かって直接話すことがあるのですが、3の世界から2の世界、つまり読者としての主人公に向かって話しかけていたと思ったら、2の世界に現れたことで、2の世界から1の世界、つまり読者である私自身に話しかけるという、凄まじい表現がなされています。
しかも、ファンタジーではありません。
整合性がとれたトリックです。
私たちのいる1の世界にも、実はロシアンブルとアメショーが、いるのかもしれません。
この巧妙なトリックは、ぜひ作中で確認して欲しい。
最後に
長くなりましたし、世界線が複雑で、かえって困惑させてしまったかもしれません。
説明下手で申し訳ございません。
作中では、哲学ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』の中の"永遠回帰"という考え方が、大きなテーマとしてあります。
私は高校の時にニーチェという名前を覚えた程度なので、永遠回帰というメインテーマについてあまり語れず、不甲斐ないと感じたため、少しずつ読んでみたいと思います。
新感覚の大興奮が楽しめる『ペッパーズ・ゴースト』、文庫で読めちゃうので、ぜひ読んでみて下さい!