見出し画像

ハンバーグの歴史その8 団塊の世代の誕生と食生活改善運動(東洋経済オンライン記事補足)

東洋経済オンラインにおいて、ハンバーグの歴史記事(前編、後編)を公開しました。

例によって字数の関係で情報量を圧縮した記事となっているので、説明が足りない部分をnoteで補足していきます。

ハンバーグが現在のような国民的洋食になったのは1960年代初頭です。洋食店においてハンバーグが人気上位を占め、看板商品となったのです。

そして1962年にはマルシンハンバーグが発売されました。

アメリカ料理ハンバーグ・ステーキが人気となった理由の一つは、戦後の占領下でアメリカ文化の影響が強くなったことにありますが、実は他にも大きな理由があったのでは、と私は考えています。

それは団塊の世代の誕生です。

連合国軍占領下の1947~1949年、日本史上最大のベビーブームが起きます。3年間で800万人以上の新生児が誕生。彼らは後に「団塊の世代」とよばれるようになります。

日本史上最大数の子供が誕生したということは、日本史上最大量の栄養を彼らに提供せねばならなくなったことを意味します。

そして団塊の世代の子どもたちの成長と同時期に、「食生活改善運動」が巻き起こります。従来の米に偏重した食生活を見直し、動物性タンパク質や油脂をもっと摂取すべし、という運動です。

食生活改善運動の詳細については白木沢旭児『戦後食糧輸入の定着と食生活改善』を参照してください。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/joah/36/0/36_KJ00009050278/_pdf



戦前から1960年代初頭までの都会の日本人は、ご飯を大量に食べる生活を営んでいました。具体的には、成人男子の場合、毎食1.5~2合の米=お茶碗3~4杯のご飯を、塩辛い漬物と少量のおかずで食べるという食生活です。

伯爵であろうが人力車夫であろうが、都市部の人間であれば職業や収入に関わらず、米偏重の食生活をおくっていたのです。詳細については拙著『牛丼の戦前史』および『なぜアジはフライでとんかつはカツか?』を参照してください。

石毛直道『食の文化地理』より

この表は1951(昭和26)年から1979(昭和54)年までの、主要食品の一人あたり供給量推移を示したグラフです。

パンや麺などの小麦製品を食べるようになったために、米の消費量が減ったという説を耳にすることがありますが、それが間違いであることはこのグラフを見れば明らかでしょう。

米の消費量が減った理由は、牛乳、乳製品、魚介類、肉、鶏卵、油脂の消費が増えたからです。

つまり、ご飯3~4杯を塩辛い漬物で食べる生活から、動物性タンパク質と脂肪を含むおかずをたくさん食べ、ご飯は茶碗一杯ですます食生活へと変わっていったのです。

これこそがまさに、団塊の世代が生まれた頃に始まった「食生活改善運動」が目指したところだったのです。

ご飯を減らし動物性タンパク質と脂肪の摂取を増やすことで、塩分過多となっていた不健康な食生活が改められ、栄養バランスのよい食事となっていきました。

その結果、団塊の世代の寿命も、体躯も、その前の世代から改善していったのです。

さて、上のグラフにある通り、ハンバーグが国民的洋食となる1962年まで主要な動物性タンパク質供給源となっていたのが、魚介類でした。

実は、団塊の世代の子どもたちに魚介類を食べさせるために重宝された料理が、ハンバーグだったのです。

戦前のハンバーグに使用する肉は牛肉が中心でしたが、戦後1950年代になると、イワシやサバやマグロなどの魚介類、クジラを使用したレシピが登場するようになります。

1962年に発売されたマルシンハンバーグも、当初は原料としてクジラとマグロを使用していました。

なぜこの時期の動物性タンパク質摂取の主役が魚介類であったかというと、安かったからです

現在は、豚肉よりも魚肉やクジラの方が高価ですが、戦後直後の貧しい日本においては、飼料を輸入に頼る肉類より、日本が自前で調達できる魚肉やクジラのほうが安かったのです。

なので、料理書には魚介類を材料としたハンバーグレシピが載り、マルシンハンバーグは発売当初、クジラやマグロを原材料としていたのです。


さて、30代以下の若い人々は、次のように思うかもしれません。

「なんでイワシやマグロをハンバーグにするの?寿司や刺身で食べればいいのに!」

ごもっともです。現在の品質のイワシやマグロならば、ハンバーグなどにせず、寿司や刺身で食べたほうが美味しいでしょう。

クジラだって刺し身で食べたほうが美味しく、実際のところクジラの刺身は、ハンバーグなど足元にも及ばない高級料理となっています。

ところが当時の魚介類やクジラは、とても臭くて不味く、生で食べるなど言語道断だったのです。

その臭くて不味い動物性たんぱく質を、タマネギやパンと混ぜ、トマトケチャップとソースの強い味でどうにか子供に食べさせるための料理が、ハンバーグだったのです。

ハンバーグの歴史その9 団塊の世代の成長を支えたハンバーグ(前編)に続きます。