ポークカツレツととんかつは何が違うのか(その3)
新刊『なぜアジはフライでとんかつはカツか?』、冒頭部分無料公開中です。
イギリスから渡来したカツレツの厚みは、日本において二段階の変化を見せます。
まず変化する前の第一段階、イギリスオリジナルの厚みを持つカツレツ。
第一段階 イギリスオリジナル(1.5~2センチ前後)
料理書 『西洋料理指南』『西洋料理通』
店舗 精養軒、帝国ホテル(?)、ポンチ軒(?)
前回に示した通り、イギリスのcutletはあばら骨の厚みに準拠することが多いので、1.5~2センチ前後の厚みを持ちます。
現存する中では日本最古の料理書、『西洋料理指南』『西洋料理通』のカツレツはこの厚みをそのまま引き継いでいます。
『西洋料理指南』の「小犢ノ油煮」(veal cutlets)「羊ノ油煮」(mutton cutlets)「豕(ブタ)ノ油煮」(pork cutlets)
右下の絵のように、あばら骨の厚みの肉を「撃(たた)き」パン粉揚げにします。
この際の「撃(たた)」くというのは、叩き伸ばして薄くするという意味ではありません。詳細については、『なぜアジはフライでとんかつはカツか?』を参照してください。
『西洋料理通』の羊のcutletのパン粉揚げレシピ、「綿羊の冷肉を斬の義」(コツトンツコールドモツトン)
「五分」=1.5センチの厚さに肉を切っています。
『なぜアジはフライでとんかつはカツか?』で明らかにしたように、『西洋料理通』はイザベラ・ビートン編『BEETON'S BOOK of HOUSEHOLD MANAGEMENT』から一部のレシピを抜粋し翻訳したもの。
「綿羊の冷肉を斬の義」のオリジナルレシピは、『BEETON'S BOOK of HOUSEHOLD MANAGEMENT』の「CUTLETS OF COLD MUTTON (Cold Meat Cookery)」
当然のことながら『西洋料理通』のcutletはイギリスオリジナルの厚み(1.5センチ前後)に準拠しているわけです。
さて、『なぜアジはフライでとんかつはカツか?』では、上野精養軒の料理長レシピを分析しています。
本格的な西洋料理を出していた精養軒では、安い「とんかつ屋」煉瓦亭とは異なり、肉を薄く叩き伸ばすことはしていませんでした。
精養軒が提供するミラノ風カツレツは、“四分”(約1.2センチ)の厚さ。
ちなみにミラノ風カツレツはフランス料理です。
フランスのコートレットも、あばら骨の厚みに切ります。
1893年の『LA CUISINE D'ADJOURD'HUI』(URBAIN DUBOIS)の各種コートレットの絵。
グルメに大金を費やし、帝国ホテルにも通っていた古川緑波は、本格的な西洋料理のコートレットが厚いことを知っていました(画像は『ロッパ食談完全版』)。
従って、彼にとってのポークカツレツとは、厚いもの。
煉瓦亭のような、薄く叩き伸ばす安い洋食屋のカツレツは、日本化した「トンカツ」。
古川ロッパの認識は正しかったのです。
そして池波正太郎や山本嘉次郎は、本格的な西洋料理の厚いカツレツを知らなかったので、煉瓦亭などの叩き伸ばす安くて薄いカツレツを、本来の西洋料理のポークカツレツであると誤解したのです。
続きます